「防災だけが地震研究ではない」筑波大の八木准教授が語る地震の魅力とこれからのアカデミア

世界でも有数の地震大国と言われる日本。複数のプレート上に乗っかった島国に住む私たちにとって、地震は最も身近な災害と言っても過言ではありません。今回Lab−On編集部が話を聞いたのは、筑波大学で地震の研究を行う八木勇治准教授。阪神淡路大震災をきっかけに、地震のメカニズムに興味を持ったという八木先生に、地震研究の難しさや面白さについて話を聞きました。

ーー地震研究を始めたきっかけは何ですか?

私は岩手県釜石市の出身で、津波教育や防災教育にふれる機会が多く、小さい頃から三陸沖の地震について何回も聞かされていました。ですが、一番のきっかけは阪神淡路大震災です。どうしてこんなにも一瞬で多くの人の命を奪うような理不尽な現象が起こるのか、わずか数秒で大量のエネルギーが解放される地震のメカニズムを知りたいと思いました。

ーー具体的にどんなことを研究テーマにしていたのですか?

宮崎県の日向灘で起こる、「ゆっくり地震」について研究していました。大学院は東大の地震研究所で研究していたのですがそこで勉強している時に面白いことに気づいたんです。南海トラフでは、M8クラスの大地震が起こるのに、もう少し南に行くと大地震は起こらない。そこの境界が日向灘でした。地震時に急激に滑る領域とゆっくり滑る領域が空間的に相補的になっているのではないかというアイデアの元、研究を進めました。その結果、日向灘で大地震が起こらないのはゆっくり滑る領域が広いからということを明らかにすることが出来ました。

「防災だけが地震研究ではない」
プロフェッショナルが語る、本当の地震研究の難しさと面白さ

ーー「ゆっくり地震」は初耳です。地震研究は防災につながる研究なのでしょうか?

防災に関わって社会の役に立つのも地震学の一つの魅力です。しかし、それだけではなくて、もっとコアな部分に私は興味があります。地震のメカニズムを考えた時に、日向灘の話の続きになりますが、なぜここでは巨大地震が起こってここでは起こらないのか、必ずしも明らかになってないのです。そもそもどうして巨大地震が起こるのか、どうして全ての地震が巨大地震にならないのか、こういったことも疑問です、そう考えると地震学というのはわからないことがとても多い。わからないことがたくさんあって、調べなきゃいけないことがたくさんあるというのが一つの魅力ですね。

ーー社会の役に立つというのは地震を予知するということですか?

必ずしもそういった形ではないと思います。人間というものは何もわからない現象を恐ろしく感じるものです。ですが、地震の知識が増えていくことで、それがどういった現象かわかると、自分の頭で理解できるようになるので怖く無くなるのです。なので、起きた地震について調べ、それを社会に知らせるというのは役に立っていると思います。

地震予知という観点から考えると、実はとても難しいです。ベイズの定理を使って説明すると、P(a)をがその場所で巨大地震が起こるかという発生確率とします。P(b)を、地震の前に起こる前兆現象とした時、前兆が観測された時に地震が発生する確率はP(a|b)=P(a)*P(b|a)/P(b)となります。何が難しいかというと、そもそもP(a)がすごく小さな現象なので、前兆から地震を予測するにはP(b|a)/P(b)がかなり大きくないと確度のある予知というのは大変難しいことになります。P(a)は長期の地震予測に対応しておりこれはある程度は可能です。ですが、確度の高い予知をするためには、巨大地震に強くリンクしており、かつ、発生頻度が低い前兆現象が特定できるかが重要で今のところそのめどは立っていないように見えます。

「研究は自分の手と頭で進めるもの」研究のブラックボックス化を避けるための八木准教授流の工夫とは

ーー研究のブラックボックス化を避けるために新しい手法やプログラムを独自開発されているということですが、こうした開発に至った経緯を教えてください

私の指導教官の菊地先生の影響が大きいです。彼は自分で考え、プログラムを組んでみないと新しいことは見えてこないという思想を持っていました。今の時代、様々なソフトが開発されていて、多くのことができるようになりました。しかし学生を指導していると、ソフトから出力された数字がどのようなものなのかわからなくなってしまっている学生が多いです。結果として間違った解釈をしてしまいます。また、学生が与えられたプログラムだけで研究をするのは、新しい問題に対処できないという意味で危険だと考えています。新しい問題に直面した時に、自分で考えてプログラムを組むという一連のプロセスの経験は就職してから必ず役に立つと思っています。実際、社会は正解もレールもない世界ですからね。

ーーそれは応用がきくようにということですか?

そうですね。応用がきくようにと思考が柔軟になるようにです。新しいことは大抵うまくいかないです。そしたらそれを解決しなければならない。そこで問題解決能力は鍛えられるし、様々な問題解決に応用できる枠組みが自分の中で完成します。どのように解決すればいいのか自分の中で整理することができれば将来絶対応用がききますからね。

ーー教育にも力を入れておられますが、ご自身の研究と学生の指導はどのような配分でなされていますか?

家での時間を含めると、半分くらいは自分の研究に頭を使っていて、3割くらいを学生の指導に費やしていたと思います。ただ、自分の研究を考える中に学生の研究の指導も含まれている場合も多いので一概には言えないです。

ーーご自身の研究と学生の指導の間に重なりがあるのですね。

そうですね。学生が持ってくる問題を一緒に考え続けるというのは、それは自分の研究にも関わっていると思います。ただ、大学内だけで授業も含めると7割くらいは指導に費やしています。今は子どもが生まれたので、家ではほとんど子育てばかりしていて、学生の投稿論文の直しくらいしかできていません。

いい研究環境は自由な議論ができる場があること

ーー研究環境の質の向上に取り組まれているとHPに書かれていましたが、具体的にどのような取り組みをされていますか?

私が考えるいい研究環境とは、教員を含め、ある一定のレベルの学生が自由に議論をできる場があることだと思います。それこそが研究環境の質の向上だと思っています。だからこそできるだけ多くの学生をそのレベルまで持ち上げていくということに力を入れています。研究室でなんとなく落ちこぼれてしまう学生もいます。そういった学生の下支えもしています。研究室として同じレベルで議論しやすい環境を整える。それと、議論の質を担保する。この二つが必要だと考えています。

ーー落ちこぼれてしまった学生を下支えするとは、具体的にどのようにされていますか?

主に行うのは個別面談です。これは2年ほど前に始めました。初めは、議論できる場と雰囲気があれば、自然と学生間で議論が活発になって新しいアイデアが生まれてくると思っていました。なので学生間の議論にはなるべく干渉しなかったのですが、どうもうまくいってないなという印象を受けました。議論を成立させるにはある一定のレベルの知識が必要なので、学生にはこういったことを勉強するといいよとアドバイスをしています。

ーー研究をする上で議論はとても大事だとお考えなのですね

そうですね。議論というのは違う見方を与えてくれる一つの機会です。自分の見ている方向と違う方向から意見が飛んできた時に、それについて真剣に考えるところから議論はスタートします。もしかしたらくだらないかもしれないけどその中にひょっとしたら研究を進める鍵となる宝物があるかもしれないですから。

ーーアカデミアが抱える課題について聞かせてください。

今、大学は人件費を削るためにポストを無くしていこうという路線にいます。そうすると新規採用が減るので、その世代の優秀な人材を確保できなくなってしまうというのが一番の課題だと思います。さらに、それを見た後輩も、先輩がダメだったら大学に残らないで就職してしまおうという気になってしまいます。つまり、ポストを無くしてしまうということは、その世代の優秀な人材と、次の世代の優秀な後輩を確保できなくなるということですから、アカデミアが衰退していく可能性は極めて高いです。また、大学というのは修士、博士の5年間を育成に使いますから、一度採用をやめてしまうと尾をひくというのも大きいですね。

ーー法人化以降何か変わったように感じますか?

法人化した時は研究費など削り代がありましたからね。しかし今は、削る研究費などなくて減らすとすると人の採用を減らすことになります。どんどんアカデミアから優秀な人が離れていってそれを見た後輩たちも離れていく。それが今後起こる可能性があって、もしかしたら既に起こっているのかもしれない。これをどう食い止めるかが今後の課題、こういうメディアの頑張りどころだと思います。

「自分の常識が覆される」八木准教授にとっての研究とは

半分は趣味です。昔は100%趣味でした。これがないと人生面白くありません。新アイデアに触れる、自分の常識が覆されるなんて、普通の生活をしているとそんなことないけど、研究をしていると結構あるんです。これがすごく楽しいです。

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