見えないけれどそこにある「暗黒物質」―その正体とは?

先日「暗黒物質の存在しない銀河発見」のニュースが話題になった。この記事では、まず「暗黒物質とは何なのか?」を説明し、ニュースを解説。その上で、今回の発見の科学的な意味についても考えたい。本記事を通して、今回の発見が暗黒物質の存在を支持するものであるということがお分かりいただけるはずだ。

暗黒物質とは、眼に見えないけれど存在する謎の物質

「暗黒物質(=ダークマター)」とは、「重力を通してのみ物質と影響を及ぼし合う物質」を指す。名前だけ聞くとオカルト的にも思えるが、暗黒物質があるという仮定を導入することで様々な天文学に関する観測事実の説明の整合性がとれる。そのため、多くの天文学者が「暗黒物質は見えていないが存在する」と考えている。

暗黒物質の証拠

宇宙には数多くの銀河が集った「銀河団」と呼ばれる天体が存在する。銀河団に属する個々の銀河は、秒速約1000キロメートルという非常に大きな速度で乱雑な運動をしている。

奇妙なのは、そんなに速く運動している銀河が、なぜひとつのまとまりとして集まり銀河団を形成できているのかということだ。銀河団は銀河が互いの重力で引かれあって集まっていると考えるのが自然だが、銀河の運動速度はとても大きく、銀河や銀河どうしの間に満ちているガス(=見えている物質)が持つ重力だけでは互いを繋ぎとめられない。

そこで、「銀河は大きな運動速度を保ちつつ集団でいられるのは、見えていないけれど重力を及ぼす物質が銀河団に多数含まれているから」という考えが生まれた。

また、銀河団には摂氏約1兆度に達するガスが閉じ込められているが、これほど高温のガスを閉じ込めておくには強い重力が必要で、見えている物質だけでは足りないと分かった。ただしこれらだけでは「暗黒物質がある証拠」というには不完全で、望遠鏡では見えないだけで暗い天体がたくさんある可能性も考えられる。

暗黒物質の存在を示すもうひとつの証拠は、星やガスが円盤状に分布していている渦巻銀河の回転の様子から得られた。

渦巻銀河の中にある星は回転運動をしているが、その運動にも、銀河団の場合と同じく奇妙な点がある。銀河の外側にある星は、回転速度が非常に速いのだ。見えている物質の重力しかないとすると、それほど大きな回転速度の星は、遠心力で飛んでいってしまうはずである。しかし実際は銀河内に繋ぎとめられている。渦巻銀河の運動を説明する場合も、見えている物質だけの重力では足りない、という問題にあたったのである。

暗黒物質のより明確な証拠は、銀河団同士の衝突した跡とされる「弾丸銀河団 (Bullet Cluster)」を観測することで得られた。

この観測で得られた美しい成果は http://chandra.harvard.edu/photo/2006/1e0657/index.html で見ることができる。中央に広がる赤い靄のものが物質(ガス)の分布であり、これはガスの放射するX線を観測することで調べられる。

一方で、「重力レンズ効果」(※1)を用いると、重力源がどこにあるかを調べることができる。赤い物質を取り囲むようにしている青い靄状のものが、重力源の分布である。ここから、普通の物質の分布と重力源の分布はかなり異なっていることが分かり、「見えないけれど重力だけは及ぼす物質」が沢山あることがハッキリ分かった(※2)。

まだ証拠はある。現在宇宙にある天体は、宇宙誕生後からじわじわと物質が重力で集まることで形成されてきたと考えられている。しかし、宇宙は生まれて間もない頃は熱いプラズマで満たされており、その中では普通の物質は重力で集まろうとしては、圧力で跳ね返される、という現象が起こっていた。しばらく時間が経ち宇宙が冷えるとこの現象は収まり、ようやく普通の物質は重力で集まれ、天体の形成を始められる。宇宙誕生から約40万年後のことである。

しかし、この考えには問題があることが分かった。現在見えている宇宙は、天体形成がすでにかなり進んでいる。宇宙誕生から40万年後にようやく物質が集まり始めるようでは、今の宇宙の構造を作るには、間に合わない。暗黒物質を仮定すれば、この問題も解決が可能だ。暗黒物質は重力に従ってしか動かない(重力しか感じない)ので、圧力で跳ね返されることがなく、宇宙が冷える前から集まれる。こうして、プラズマが冷えた時には、既に暗黒物質は重力で集まって大きな塊を形成し、そこにあとから普通の物質が重力で引かれていったと考えると、今見えている宇宙の構造はうまく説明できる。

以上は一例である。このように様々な観測事実を、「重力だけはあるが、それ以外には普通の物質とは影響を及ぼし合わないような物質」を導入するだけでうまく説明できてしまう。むしろ、それ以外の説明では観測事実を統一的に説明することが極めて難しい。そのため、ほとんどの天文学者は暗黒物質が存在すると考えている。

暗黒物質のない銀河

では、今回の発見について説明する。

暗黒物質の量の測り方はシンプルだ。まず、見えている光から星の質量を推定する。次に、見えている星の運動から、銀河の総質量を推定する。総質量から、星質量を引くと、残りは見えていない物質の質量 = 暗黒物質の質量、と考えられる。

こうして調べると、今回発見された銀河は暗黒物質の質量 = ゼロ であってもおかしくない、暗黒物質がない(あるいは非常に少ない)銀河である、と分かった。

普通の銀河は、暗黒物質の中で形成されると考えられているので、この発見は驚きである。どのようにこの銀河が形成されたかは分かっておらず、今後の研究の対象となるだろう。

今回の発見の「皮肉な示唆」

このニュースを受けて「暗黒物質なんて実は存在しないのでは?」と思う人もいるかもしれない。実際は逆で、この銀河の発見が本当であれば、「暗黒物質が存在する」という説がより現実味を帯びることとなる。

その理由を説明するには、世の中には「暗黒物質など存在しない」と主張する学派を紹介する必要がある。彼らによれば、上述した渦巻銀河の回転速度などは「見えない暗黒物質がある」のではなく、「我々の知っている物理法則が間違っている」のだという。重力に関する理論を変形することで、暗黒物質の存在を仮定せず観測結果を説明しようという立場は「修正ニュートン力学(MOND)」と呼ばれる。

今回の観測が正しければ、このMOND派は困難な課題を提示されたことになる。なぜならばMOND派は、「大きな運動速度」という観測事実を、「通常の物質」+「暗黒物質」ではなく、「通常の物質」+「修正ニュートン力学(物理法則)」で説明しようとする。物理法則が銀河ごとに違うとは考えられないため、MOND派に従うと、通常の物質がそこにあれば、物理法則(修正ニュートン力学)の帰結として、「大きな運動速度」が得られなければならない。「暗黒物質のない銀河」の存在は、「暗黒物質がない」という立場の人々にとって、かなり不利な証拠となるのだ。

なお、今回の論文にはその後に数多くの反論が寄せられ、今も議論が続いている。なぜならば、星の運動を調べるにおいて本論文では銀河内の天体を10個しか使っていないため、その統計的な有意性に疑問が寄せられているからだ(※2)。今回の観測は正しいのか、正しいのであれば、どうしてこのような銀河ができたのか、今後の研究報告が待たれる。

本記事では観測から得られる間接的な「暗黒物質の証拠」を述べたが、暗黒物質そのものを直接検出する試みが今も世界各国でなされている。こちらも今後の成果に期待したい。

 

(※1) 重力源の分布を調べるには「重力レンズ効果」というものを利用する。これは、質量の大きな物質が存在すると、その重力により近くを通る光が曲げられる、という効果である。これを用いると、目では見えないものについても、重力源の分布を調べることができる。

(※2) なお、図のようにガス(赤)が中央に集まり暗黒物質(青)がそれを囲む形になるのは、銀河団同士が衝突した時、ガスは摩擦等によって引きずられブレーキがかかるのに対し、暗黒物質はそうしたブレーキを感じずに擦り抜けるためである。

(※3) 星の速度分散が大きいほど、暗黒物質の質量は大きい。今回の観測では、10個の星団の速度のデータを使用し、そのうち9個は非常に速度の分散が小さかったのだが、1個だけはやや大きな速度を持っていた。データの少なさに加え、この「外れ値」をどう取り扱うか、統計的に難しい問題で、議論の的になっているようだ。詳細は以下の論文や記事を参照。

 

参考文献

"A galaxy lacking dark matter" https://www.nature.com/articles/nature25767

https://arxiv.org/abs/1804.04139

https://arxiv.org/abs/1804.04136

https://medium.com/@samvaughan01/a-galaxy-without-dark-matter-ae18003b87c

https://www.pietervandokkum.com/ngc1052-df2

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