2017年は陽子のビッグイヤー、2つの重要発見

2017年に最も話題になった科学ニュースと言えば、ノーベル物理学賞を受賞した重力波の発見を挙げる人も多いのではないでしょうか。日本国内に関して言えば、千葉時代(チバニアン)という時代名称についての話題も記憶にあたらしいところです。

こうした華やかな功績に隠れ、実は原子や分子といったナノの世界の登場人物である「陽子」に関して、教科書を書き換えるレベルの研究結果が発表されていたのです。本稿では、それらの成果について簡単に紹介してみようと思います。

陽子ってどんなもの?

地球上のあらゆる物質をどんどんと拡大して見ていくと、最終的にはなんらかの原子に行きつきます。道端に転がっている石にはケイ素原子がたくさん含まれているでしょうし、生物の体であれば炭素原子や水素原子が大部分を占めているでしょう。

それらの原子をさらに分解して内部をのぞくと、中心に原子核があり、その中には陽子と中性子という2つの粒子があります。陽子は正の電荷を持っており、原子核のまわりにある電子の負の電荷とバランスが取られることで、原子全体はで安定した状態を保っています。

もちろん、陽子が存在しなければ、原子を安定して存在させることはできません。陽子は、原子が原子として成り立つための重要な粒子のひとつなのです。

宇宙の起源にも影響?

ここで一旦脱線して、宇宙の起源についてお話しします。

ビッグバンによって誕生した直後の宇宙では、わたしたちが普段目にしている「物質」と同じだけの量の「反物質」が生まれたと考えられています。

反物質というのは、ある物質Aが持つのと同じ質量、Aを構成する粒子と同じ向きに回転(スピン)する粒子を持つにも関わらず、その粒子の電荷だけが反対の性質を持つ物質のことです。その中でも特に、陽子や中性子のような粒子の反物質を「反粒子」と呼びます。

そして、今回の主役である陽子にも、電荷のプラスマイナスがします。自然界に存在する陽子はプラスの電荷を常に帯びていますが、「反陽子」という陽子の反物質は、マイナスの電荷を帯びた陽子です。反陽子は自然界には存在せず、人工的に作り出す必要があります。また、原子を構成する粒子のひとつである電子にも「陽電子」という反物質が存在します。両方ともに「陽」がつくため紛らわしいのですが、「陽子⇔反陽子」「電子⇔陽電子」という関係性です。

さて、宇宙の始まりに同じ数だけ作られたはずの物質と反物質ですが、現在わたしたちが観測している宇宙には物質しか存在していません。これは一体なぜでしょうか?現在もその原因については解明されていませんが、ビッグバンの直後から宇宙に存在している陽子や電子とそれらに対応する反物質の性質を細かく調べていくことで、何らかのヒントが得られるかもしれないというわけです。

陽子、実は軽かった

(画像引用元: http://www.riken.jp/en/pr/press/2017/20170720_2/)

前置きが少し長くなりましたが、本題に入りましょう。まず一つ目の発見は「陽子の質量が従来考えられていたよりも軽いことが明らかになった」ということです。

マックス・プランク研究所と理化学研究所のグループは、2017年7月、陽子の質量を史上最も高い精度で測定をすることに成功しました。その結果、陽子の質量がこれまで考えられていた数値よりも有意に小さかったとする研究結果を発表(*1)されたのです。

上の画像は、陽子の質力測定に関する代表的な研究成果と科学技術データ委員会(CODATA)が4年ごとに発表している数値範囲を図示したものですが、今回の研究結果(赤バンド)がいずれからも外れた位置にあることが見てとれます。

この実験では「ペニング・トラップ」と呼ばれる装置が使用されています。これは電子や陽子の質量測定で広く使用されている装置ですが、マックス・プランク研究所のSven Sturm氏によると(*2)、質量の基準となる炭素12原子と陽子一個の質量を直接比較できるように装置を改良したことで、従来を上回る精度を確保できたとのことです。

「陽子の質量が従来考えられていたよりも軽いかもしれない」という結果は、非常に重要な意味を持ちます。陽子が格納されている原子核の質量、そのまわりを周っている電子との相互作用、原子全体の質量、それらに起因するスペクトルの解釈…そして、前述したような「反物質」との比較など、原子に関するこれまでのあらゆる知見が大きく変化する可能性を秘めています。

 

現在、陽子と反陽子の質量は同一であるとされています(*3)が、仮にどんどん精度を上げていくことで実は極々微小のレベルで差があったということになれば、現在の宇宙が形作られた過程についてより多くのヒントを得られるかもしれません。

磁気モーメントでも精度更新

(画像引用元: http://www.riken.jp/en/pr/press/2017/20171124_3/)

 

前述した質量測定の論文を発表したグループは、11月にもう一つ重要な論文をScience誌に発表しました(*4)。質量に続いて、陽子の「磁気モーメント」を従来の研究を上回る精度で測定に成功したというのです。

磁気モーメントというのは、簡単に説明すると、磁場中で粒子が受ける力の方向と向き(トルク)を示したものです。磁気コンパスに磁石を近づけると針がふるふると動きますが、この時に針に働いているトルクが磁気モーメントです。

陽子の内部にも磁気コンパスのようなものが存在していて、磁場に対して決まったトルクを発生します。このトルクの大きさは、前述したような物質と反物質の違いを探索する上で、質量と同様に重要な指標となります。陽子と反陽子で磁場に対する反応の仕方を追求していった結果、両者がわずかでも異なるようなことがあれば、物質と反物質の大元が実は違う性質を持っていたということになりますから、そこを糸口としてわれわれの宇宙に物質だけが観測されているストーリーを描くことが可能になるかもしれません。

陽子の持つ磁気モーメントは非常に小さく、現在ではペニング・トラップという装置を用いた実験が世界中で行われています。しかし、なにせ原子よりも小さな粒子の中にあるコンパスを見るのですから、容易なことではありません。どこかの会社が販売している装置を購入してそのまま測定、という訳にはいかず、装置の構造や測定手法の面で、究極とも言える工夫や調整が必要になります

 

今回論文を発表したマックス・プランク研究所と理科学研究所のグループは、ペニング・トラップを2つ連結して一つで陽子のスピンをコントロールし、もう一つで測定を行う独自の装置の装置を開発しました。このグループは、2014年にも陽子の磁気モーメントの測定で10億分の3.3という精度を達成したと発表しています(*5)が、今回の成果では、それを上回る「10億分の0.3」を実現したとのことです。

 

人知れず静かに進む研究

実は、こうした陽子の性質に関する研究は、日本が国際的に牽引している分野でもあります。今回紹介した研究に関わっている理化学研究所のUlmer基本的対称性研究室(http://www.riken.jp/research/labs/chief/ulmer_unit/)からはトップジャーナルへ定期的に成果を発表しており、今年10月には反陽子の磁気モーメントに関する研究でもNature誌に論文が掲載されています。

宇宙の起源にも繋がる革新的な研究を続々と発表しながら、人目に触れず研究に没頭できる状況というのはある意味では理想的なのかもしれませんが、日本の科学研究の先行きについて何かと議論が交わされる昨今、足元にも素晴らしい宝石が存在していることはもう少し認知されてもいいかもしれませんね。

 

(*1) https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.119.033001

(*2) https://idw-online.de/de/news678460

(*3) http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150813_1/ など

(*4) http://science.sciencemag.org/content/358/6366/1081

(*5) http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140610_1/

(*6) http://www.riken.jp/pr/press/2017/20171019_1/

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