お風呂のアヒルちゃんは菌まみれ?「大便並に汚い」という表現について感じる幾つかの疑問

入浴後の風呂桶のお湯には、皮膚の表面についていた垢や汗、尿など、非常に大量の老廃物が含まれています。これらは細菌などの微生物にとって大変な「ごちそう」であり、お風呂のお湯をしばらく交換しないと、この「ごちそう」を食べた微生物が大量発生してしまいます。このたびアヒルちゃん(ラバーダック)をはじめとした、浴槽に浮かべて楽しむ「お風呂グッズ」にも微生物が高密度で生育しているという研究結果が発表されました。

今回、イリノイ大学とチューリッヒ工科大学などのグループが行なった研究では、19個のお風呂グッズを対象に調べた結果、全てのサンプルの内部に「バイオフィルム」が付着しており、そこからレジオネラ菌や緑膿菌といった菌の細胞(後述しますが、生菌数ではなく細胞の数であるということを強調しておきます)が検出されたと報告しています。

バイオフィルムとは、細菌が形成するバリアーのようなもの。人間がエベレストの頂上のような過酷な環境で生き続けることができないのと同様に、微生物も環境によっては丸裸の状態で生き続けることが困難な場合があります。

そこで、彼らは「細胞外ポリマー」という物質を分泌・蓄積することで自身を守るための環境を作り出します。これがバイオフィルムの正体であり、身近なところでは歯垢(プラーク)や水まわりのぬめりなどが代表的な例として挙げられます。

研究グループによると、アヒルちゃんに使われているような安価なポリマー素材は、劣化すると微生物の栄養源となりうる炭素成分を放出し、結果としてバイオフィルムの大量発生を招くとのことです。

幾つかの疑問

この論文を元にしたニュース記事はSNS経由で広く拡散されており、ちょっとした話題になっていました。

風呂のアヒルのおもちゃ「ウンチ」と同レベルの細菌を保有していることが判明!
http://news.nicovideo.jp/watch/nw3400611

【映像】お風呂の友ラバー・ダッキー 細菌の巣であることが判明
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180328-00010001-aptsushinv-int

お風呂に浮かべるアヒルのおもちゃは、とんでもなく細菌まみれだった
https://www.gizmodo.jp/2018/04/toy-duck-bacteria.html

それらの記事の多くは「1平方センチメートルあたり7500万個の有害な細菌が見つかっており、これは大便並みの菌密度である。ゆえにラバーダックのようなお風呂グッズは不潔かつ危険」という主張しています。

しかし、論文(オープンアクセス)を辿ったところ、いくつかの疑問が浮かびました。本記事では、研究の妥当性とメディアの伝え方について検討してみます。

疑問①サンプル数について 〜研究の内容に対して

そもそも、サンプル数が全体でn=19、細菌が大量に検出されたというサンプルがn=3というのは、統計的に十分なサンプル数であるとは言いにくいのではないでしょうか。

疑問② - 比較の妥当性 〜メディアの表現に対して

まず、今回の研究で計測されているのはあくまで「細胞の数」であって、生き残っている菌の数をカウントしたものではありません。

一方で、便に付着している菌を測定する場合、多くは便の表面を綿棒などでこすって菌を採取した後に培養液で増殖させ、細菌自体の数(CFU)をカウントします。今回の論文で掲載されているされている数字と、大便の菌の数とが直接比較可能なものか、疑問が残るところです。

疑問③7500万個という数 〜メディアの表現に対して

ニューヨーク・タイムズを始めとする国内外の一般向けメディアでは「1平方センチメートルあたり最大7500万個」という数字が使われていますが、論文自体には以下のように記述されています。

The real bath toy biofilms had an average coverage of 9.5 × 106 cells/cm2 (range: 0.1–2 × 107 cells/cm2), which equals an average of 1.3 ± 0.07 × 109 cells/bath toy (n = 19) when calculated with the surface area of individual toys (Fig. 2, Figure S4). In comparison, clean water controls were on average covered with approximately half that number of cells (5.5 ± 0.08 × 106 cells/cm2; n = 3), which equals 1.2 ± 0.03 × 109 cells/bath toy (n = 3). The highest coverage was observed on dirty water control toys with an average of 7.3 ± 1.0 × 107 cells/cm2 (n = 3), or 1.3 ± 0.2 × 1010 cells/bath toy (n = 3), respectively.

前述の7500万という数字は、おそらく “7.3 ± 1.0 × 107 cells/cm2” の上限数字をキリよくした結果なのでしょうが、よく読んでみると、これは入浴後のお風呂の水に11週間(!)つけておいた比較対象(dirty water control)の数字で、実際のグッズではおよそ950万個、入浴前の水を使った比較対象(clean water control)では550万個と書かれています。

ここで気になるのは、ニュース記事に数字が使われているdirty water controlはどのようなものかということです。論文にはこのコントロール群の具体的な作製手順について言及されていません。国や地域、家庭によって入浴習慣は異なるため、頻度や人数次第で使用後のお風呂の水の汚れ度合い、ひいては菌数にかなり幅が出ると考えられます。

そもそも、現実に即した数字という観点では、実際のグッズから検出された「950万個」が使われて然るべきですが、ここもまた疑問が残るところです。

アヒルちゃんは危険物?本当に?

Credit: Pixabay

私たちの生活環境には至るところに細菌が存在しています。前述の通り、台所やお風呂場のバイオフィルムには大量の微生物が生きていますし、お風呂の残り湯を使って洗濯していると、気づかない間に洗濯槽の裏側に大量のぬめりや黒カビが発生していることも。そして私たちの皮膚の表面にも、表皮ブドウ球菌をはじめとする様々な細菌が生息しています。

しかし、何年も使っている洗濯機が原因で病気になった、皮膚を舐めたら病気になったという話は聞きません。これは、前述した菌の多くが「日和見(ひよりみ)菌」と呼ばれる感染力が比較的弱い種類であるためです。そうした菌は人間の体に侵入しても、免疫などの防御システムに阻まれ、滅多なことでは健康に危機を及ぼしません。一方で、大腸菌やサルモネラ菌などの強い毒性を持つ細菌は、体内に侵入すると体の防御システムだけでは太刀打ちできないため、様々な病気を引き起こします。

今回、細胞が検出されたレジオネラ菌や緑膿菌は日和見菌の一種であり、大きな健康被害に繋がる可能性は低いものの、幼児や高齢者など免疫機能が低い人は、感染から重症化を引き起こす危険があります。そのため、幼児や高齢者の家族がいる場合は、万が一の事を考えて長年使っているお風呂グッズを処分するというのも一つの選択肢でしょう。

ここで注意するべきは、アヒルちゃんに日和見菌の微生物が付着するきっかけは、あくまでお風呂場の環境にあるということです。

体を洗わずに湯船に入る、お風呂場の掃除を全くしていない、追い焚きを繰り返してお風呂の水を何日も変えない……。このような環境下では、想像以上のスピードで細菌が増殖します。もしお風呂グッズを処分するのであれば、これまでのお風呂場の環境もあわせて見直さなければ本末転倒になりかねないことを覚えておいてください。

また、お風呂グッズに愛着を持っていてなかなか処分できない場合は、お風呂掃除を毎日する、お湯を毎日変える、お風呂グッズを定期的に消毒するといった対策を取ることで、健康被害のリスクを大幅に下げることができます(レジオネラ菌も緑膿菌もアルコール消毒が有効な細菌ですので、市販の殺菌剤などで対処可能です)。

冷静な情報選択を

今回の研究と似たようなケースで、昨年台所のスポンジに付着する細菌についての研究結果が発表されていました。https://www.nature.com/articles/s41598-017-06055-9

この研究結果をもとに「台所のスポンジは大便並に不潔で、いくら消毒しても殺菌されず、かえって菌が増殖して非常に危険」という主旨の記事が国内外で取り沙汰され、SNS経由で広範囲に拡散されました。

しかし、サンプルの母数が非常に少ない、残っているのはほぼ無害な日和見菌ばかり、掲載されているScientific Reportsというジャーナルがしばしば査読の甘さを指摘されているなど、信憑性に関する懸念が研究者のコミュニティから指摘されています。

近年、ネット上のフェイクニュースや扇動的な記事に対して社会の監視が強まっていますが、それでも海外メディアを一次情報とした翻訳記事では内容の妥当性に関して判断がつきにくい場合があります。刺激的なニュースは話のネタとして受け入れられやすい面があるだけに、脊髄反射的に拡散する前に「本当にそうなのか?」と考えるべきかもしれません。

【参考元】

Ugly ducklings—the dark side of plastic materials in contact with potable water
https://www.nature.com/articles/s41522-018-0050-9

Your Cute Rubber Duck May Be a Haven for Bacteria
https://www.nytimes.com/2018/03/28/world/europe/rubber-duck-bacteria.html

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