罰則の導入は集団の協力関係を台無しにする

学校や職場などで互いに見知った間柄のグループでも、相手に対して何らかのペナルティ(懲罰)を与えるような意志が働いた途端に信頼関係が瓦解するということは往々にしてあり得ることです。
実際に集団内に懲罰の概念を導入することによって協力関係が阻害され、互いを助けあう行動の減少が確認されたという研究結果が、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表されています。これは、かの有名な「囚人のジレンマ」を応用した実験によるものです。囚人のジレンマではこれまで「互いに黙秘」「どちらかが裏切り」「両方が裏切り」という3パターンの結果を想定していましたが、「自分の刑も重くなるが、自分以上に相手の刑が重くなる」という「懲罰」という選択肢を導入したのが今回の実験の大きなポイントです。

 個人の利益と集団の利益

集団に利益をもたらすために個体レベルでは不利益を被ることを行う「利他的行動」は、動物や人間の進化を考える上で重要な概念で、神経科学や心理学など、様々な分野で古くから研究が行われています。

特に人間が高度な社会を維持・発展させていく上では、利他的行動に基づく協力関係が必須であると言えます。長年の研究の成果として、そうした協力関係が作られる過程は、幾つかのメカニズムによって支えられていることがわかってきており、今回の研究ではその一つである「ネットワーク互恵(network reciprocity)」に注目して検証を行なっています。ネットワーク互恵は、あらゆる様々な条件下での個体の意志決定が、集団全体の協調行動にどのような影響をあたえるかということについて定義したものです。

囚人のジレンマとは

このような協調行動の研究でよく用いられる概念として「囚人のジレンマ」があります。囚人のジレンマの概要について、改めて説明します。

共犯関係にあった二人の囚人と彼らを尋問する警察官を想定して、警察役の人間が以下のような条件で取引を持ちかけることを考えてみましょう。

 

①二人とも最後まで黙秘(協力) →二人とも懲役が5年から2年に

②どちらか一方が先に自白(裏切り) →自白した人間は釈放、もう一人は懲役が5年から10年に

③二人とも同時に自白(裏切り) →二人とも懲役が5年から10年に

 

囚人二人の刑を最も減らすためには、①が最も合理的な選択です。しかし、個々人にとっては先に自白して釈放されることが最大の利益であると言え、両者の間にはジレンマが発生するというわけです。

実際、囚人役の二人が互いに隔離されているか、もしくは互いに初対面で相手のことを全く知らない状況下では、多くの場合、それぞれが②を狙って我先にと自白してしまい、結果的に③の状況になってしまいがちです。一方、互いを隔離せず、同じ相手とくり返し接触する状況を設定すると①を選択する被験者の割合が増えていくことが知られています。

こうした傾向は、囚人役の人数を数十人・数百人と増やした、複雑なネットワークを含むグループでも同様に見られますが、現実的には個体間での意志決定は「協力」と「裏切り」という二種類に留まりません。

そこで冒頭にも述べたとおり、今回の研究では「自分の刑も重くなるが、相手の刑の方がさらに重くなる」という “懲罰” の概念が選択肢として導入され、囚人の行動を変化を観察、分析しました。

ネットワーク互恵の中に「懲罰」を導入すると?

前述した基本的な囚人のジレンマ実験では、被験者が囚人と警察という役割に分かれてロールプレイングを行いますが、今回の応用実験では、同じ立場から相手に対する行動を選択し、その内容に応じて報酬が付加されるシステムとなっています。

被験者を複数人ずつのグループに分け、その中でペアを作らせます。グループはA・B・Cの3種類とし、Aは「それぞれのメンバー同士に面識がない」グループ、グループBとCは「メンバー同士に面識がある」グループとします。そしてグループAとBには「協力する」「裏切る」という2種類の選択肢を与え、グループCには「協力する」「裏切る」「懲罰を与える」の3種類の選択肢を与えます。そしてそれぞれの囚人に、ペアの相手に対する行動を選択させ、選択の内容に応じて報酬を付与します。

 

各選択に対する報酬は3パターン。お互いが「協力(=互いに黙秘して互いをかばい合う)」を選択した場合は両者に同じ額の報酬が支払われ、どちら一方が「裏切り(=片方が黙秘をし、もう片方が自白をする)」を選択した場合は裏切った人間に2倍の報酬が支払われて相手には無報酬、そして「懲罰」を選択した場合は、本人の報酬額から一定額がマイナスされる代わりに、相手からはその2倍の額がマイナスされます。

実験の結果、お互いに相手を知らない被験者のグループAでは裏切りが多発したのに対し、互いに面識のあるグループBでは被験者同士がお互いに協力し合うという傾向が見られました。これは、既に報告されている囚人ジレンマ実験と一致するものです。

しかし互いに面識がある場合でも、懲罰の選択肢を追加したグループCでは、裏切りや報復行為が多く発生し、AとB2つの選択肢のみの場合に見られた協調行動が減少したと報告されています。。言い換えると、罰という概念を導入したことによって、集団の中の協力関係が台無しになってしまったというわけです。

 

 

今回の実験では被験者同士が対等である状況下で行われましたが、研究グループでは今後、被験者間で立場の上下関係を導入した実験を行なうことで、集団の協力行動に関するさらなる知見を得たいとしています。

【参考にしたサイトなど】

北海道大学プレスリリース

 https://www.hokudai.ac.jp/news/171226_pr2.pdf

Is punishment as effective as we think?

 https://phys.org/news/2017-12-effective.html

Network Reciprocity
 https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-4-431-54962-8_3

Reinforcement learning account of network reciprocity

 http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0189220

Conformity enhances network reciprocity in evolutionary social dilemmas

 http://rsif.royalsocietypublishing.org/content/12/103/20141299

Five Rules for the Evolution of Cooperation

 http://science.sciencemag.org/content/314/5805/1560.full

Reciprocity (evolution)

 https://en.wikipedia.org/wiki/Reciprocity_(evolution)

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