光とナノ粒子で記憶を操作、理研が革新的な光遺伝学法の開発に成功!

特殊なナノ粒子を用いた技術により、体の外から光をあててマウスの記憶を操作することに成功したとする研究結果が、理化学研究所のグループによって発表されています。

光で脳をコントロール?オプトジェネティクスとは

脳の機能を調べる研究では、脳内の特定の場所に刺激を与えて、その時に起こる神経活動や行動の変化を調べる必要があります。

これまでは、脳に電極を挿入して微弱な電流を流す「電気刺激法」が長らく用いられてきましたが、電極周辺のターゲットとしていない神経細胞まで活性化してしまうほか、活性化のオン・オフを切り替えるための時間を細かく制御できないなどの課題がありました。

2000年代になると、それまで主流だった電気刺激法に代わって「オプトジェネティクス(光遺伝学)」と呼ばれる技術が発展しました。これは、調べたい脳領域の神経細胞に青色や緑色の光に反応するタンパク質を発現させておき、そこに光をあてることで神経活動を活性化する手法です。

オプトジェネティクスでは、電気刺激法と異なり、狙った領域の活性状態をピンポイントかつ千分の一秒単位という高い時間精度でコントロールすることが可能となります。そのため、線虫のような原始生物からマウスやサルなどの哺乳類に至るまで、非常に幅広い生物を対象とした研究が世界中で行われています。

ナノ粒子の発見で光ファイバーが不要に!

便利なオプトジェネティクスですが、メリットばかりではありません。神経細胞の活性化に使われる青色や緑色の光は生体組織に吸収されやすく、頭蓋骨の外側から照射しても脳の内部にはほとんど到達できないため、調べたい部位にまで光ファイバー突き刺す外科手術が必要になります。

脳に異物を入れるわけですから、もちろん脳組織の損傷は避けられません。このように生体に傷やダメージを与える手法は侵襲的な手法とよばれます。そのため、生命維持に不可欠な場所やを避けてファイバーを挿入する必要がありますが、そうなるとターゲット部位が制限されるほか、将来的に人体への応用を考える上でも大きなリスクとなります。

▼natureのYoutube動画。脳に光ファイバーを挿入しているマウスの様子も見れます。

こうした実験上の課題を解決する新たな手法が、2011年にマサチューセッツ工科大学とスタンフォード大学の研究グループによって発表されました。

彼らは、エネルギーの低い近赤外線を吸収して青色や緑色の光を放出する「アップコンバージョン・ナノ粒子(Up-Conversion Nanoparticle, UCNP)」と呼ばれる特殊なナノ粒子を用いることで、体の外側から神経細胞を刺激することに成功したのです。

この手法では、まず、ターゲットとする脳領域の神経細胞に緑色光や青色光によって活性化するタンパク質を発現させておき、そこにUCNPを注入します。その状態で体の外側から近赤外線を照射すると、注入されたUCNPが青色や緑色の光を放出し、その光によってタンパク質が発現している神経細胞が活性化される、という仕組みです。

近赤外光は、青色光や緑色光といった可視光よりも生体組織に吸収されにくいため、生体組織のより深い場所まで光が到達しやすい特徴があります。そのため、光ファイバーを脳に刺したままにする必要がある従来手法に比べて、被験体へのダメージをはるかに抑制することが可能になります。

しかし哺乳類では成功せず 立ちはだかる光変換効率の壁

しかし、革新的と思われたこの手法にも課題は残っていました。ゼブラフィッシュの稚魚(larvae)や線虫などでは成功していたのですが、哺乳類では成功例がありませんでした。

ゼブラフィッシュや線虫は、組織が透明で、かつサイズが小さいことから脳の深部にまで容易に近赤外光が到達しますが、マウスのような哺乳類ではそう簡単にはいきません。組織が透明でない上に体のサイズも大きくなるため、いくら吸収されにくいとはいえ、脳の深部に届くまでに近赤外光は大きく減衰してしまいます。そのため、光の強度を上げるか、わずかな近赤外光でもムダなく吸収できる、光変換効率の高いUCNPが必要になります。

しかし、光の強度を上げ過ぎてしまうと、脳の温度が上昇して、想定外のダメージを与えてしまう可能性があります。また、光変換効率が高くても、生体にとって毒となる材料は使うことはできません。こうした事情から、UCNPを使った手法を最初に開発したマサチューセッツ工科大学のPolina Anikeeva氏は「極めて困難に思えたため(哺乳類などへの応用は)追求しなかった」と語っています。

▼ゼブラフィッシュの稚魚。組織が透明なので光も透過しやすい。

ついに哺乳類でも…!非侵襲的な神経細胞の活性化に成功

今回、理研のグループは、新たに開発した光変換効率の高いUCNPを用いることで、近赤外光によるマウスの脳神経細胞の活性化に成功したほか、てんかん発作の発症・抑制を人為的に制御し、記憶を人為的に操作することにも成功しました。

記憶操作の実験では、あるケージ内でマウスに電気ショックを与え、そのケージが「怖い場所だ」という記憶を植えつけた後、別の安全なケージに移しました。この時、電気ショックの記憶は移動先のケージとは結びついていないため、通常どおりの行動を示すはずです。

しかし、記憶をつかさどる脳の「海馬」にUCNPを注入して頭上から近赤外光を照射したマウスでは、電気ショックによる恐怖の記憶が呼び起こされ、安全なはずのケージ内で足がすくむ恐怖行動を示したとのことです。

▼青く光っているのが注入されたUCNPで、緑色の光は記憶に関わる神経(エングラム細胞)。

研究グループはこの成果について、「生体に損傷を与えず(非侵襲的)に脳内の神経細胞をピンポイントで制御することが可能になったことで、将来的には新たな精神疾患の治療法に繋がることが期待できる」と述べています。

【参考元】
Nanoparticles in Mice Brains Light Up, Trigger Memories
https://spectrum.ieee.org/the-human-os/biomedical/devices/nanoparticles-light-up-trigger-memories-in-mice-brains

Deep-brain exploration with nanomaterial—A less invasive way to stimulate the mouse brain with light
https://medicalxpress.com/news/2018-02-deep-brain-exploration-nanomateriala-invasive-mouse.html

光変換を起こすナノ粒子による新しい光遺伝学法の開発
http://www.riken.jp/pr/press/2018/20180209_1/

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