ゲノム編集を大量破壊兵器にしないために科学者がすべきこと『CRISPR(クリスパー)究極の遺伝子編集技術の発見』書評

ゲノム編集がアメリカにとって脅威?

2016年、アメリカの諜報コミュニティは、上院軍事委員会に提出した「世界の脅威に関する評価報告書」の中で、アメリカに脅威をもたらす大量破壊兵器を6つを挙げました(1)。北朝鮮の核兵器、中国の核技術の近代化、ロシアの巡航ミサイル、シリアとイラクの化学兵器、イランの核開発の可能性。そして6番目に挙げたのが「Genome Editing(ゲノム編集)」です。

今回ご紹介する『CRISPR(クリスパー)究極の遺伝子編集技術の発見』(文藝春秋)は、カリフォルニア大学大学バークレー校化学・分子細胞生物学部教授であるジェニファー・ダウドナ博士によって書かれました。彼女は、ゲノム編集の中でも最も簡単な方法である「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」の開発者であり、本書ではゲノム編集を発見した経緯や、自身の活動について綴ったものです。前半は開発の経緯、後半は社会と未来への影響を論じたものであり、研究内容だけを紹介する一般的な科学書とは少し異なった体裁をとっています。

ゲノムとは?ゲノム編集とは?

「ゲノム」とは、「生物がもつ遺伝情報のすべて」という意味です。具体的には、DNAという物質から成り立っています。

上の図のあるアデニン、チミン、グアニン、シトシンの4つは「塩基」と呼ばれるもので、この塩基の並び方によって、骨の作りから髪の毛の色、血液型など、生物の体や機能が決まります。

では、塩基の並びを変えることができるとしたら……。ボディービルダーのような筋肉を生まれながらにして手に入れたり、エイズに感染しにくい体になったりできるかもしれません。そんなことはSFの世界だ、と思われるかもしれませんが、ウシやマウスでは成功しているのです。このように、塩基の並びを操作することで生物の特性を意図的に変えられるのが「ゲノム編集」という技術です。

開発者の興奮と苦悩が入り交じる

ダウドナ博士は、動物でウイルスが感染しないための防御方法を研究しているときに、さまざまな研究者との出会いを通じて偶然にもゲノム編集技術を発見します。

ダウドナ博士が発見した細菌の免疫システムでは、以前に感染したウイルスの情報(塩基配列の一部)を大腸菌自身の塩基配列の保存しておけるため、次に同じウイルスに感染したとき、ウイルスを直接攻撃することが可能となります。そして、ウイルスの塩基配列を保存するところにある大腸菌の特徴的な塩基配列が「CRISPR」、ウイルスを攻撃するDNA切断物質が「Cas9」です(実際には複数の種類のCasがあります)。

この仕組みを応用すれば、変えたい遺伝子の塩基配列とCRISPRを組み合わせ、さらにCas9を細胞に入れることで目的の遺伝子のDNAを切断し、遺伝子を破壊、修復が行なえますこのようにして、CRISPR-Cas9は細菌の免疫システムから人為的なゲノム編集ツールに変貌したのです(2)

本書の後半では、病気の治療、植物や動物の品種改良の可能性について、現在行われている研究が紹介されています。しかしダウドナ博士は、このような研究が急速に広がるにつれて、原子力が核兵器に応用された過去の二の舞にならないのか、ゲノム編集の活用は本当にこのまま突き進んでもいいのか、開発者として苦悩するようになります。

「ヒトの受精卵にゲノム編集を施した」という論文が発表されたとき、彼女の不安はピークに達します(3)。もし受精卵の段階でゲノム編集がなされると、その人自身や子ども、孫の代以降もずっとまでゲノム編集の影響が残ります。後世になってから、がんになりやすい、感染症にかかりやすいなどの副作用が出たら、一体誰が責任をとるのでしょうか。

また、ゲノム編集を使い、より毒性の強い細菌やウイルスが作られたら、それはまさに大量破壊兵器です。サリンなどの化学兵器に続いて、ゲノム編集によって作られた細菌やウイルスによる生物兵器テロが現実味を帯びているのです。ゲノム編集が第6の大量破壊兵器と言及されたのは、こうした理由がありました。

研究者よ、研究室を出て話をしよう

ダウドナ博士は、ゲノム編集が規制のもとで正しく使われるよう、世界中を飛び回りながら、専門家だけでなく市民との対話を通じて道を切り開こうとしています。実はこれこそが、本記事で最も触れたかった内容です。

本書のエピローグのタイトルは「研究者よ、研究室を出て話をしよう」。そこでダウドナ博士はこのように述べています。

居心地のよい場所から思い切って外に飛び出し、ふだんの交友範囲を超えた研究者以外の人たちを科学について話し合うことの大切さを思い知った。科学者は社会の役に立つのか、科学に世界を解明し改善する力などあるのか、という懐疑的な人たちから、私たちはますます不信の目で見られるようになっている。(中略)科学に対する無知のせいだけでなく、科学者と一般市民のコミュニケーションの断絶のせいでもある。(中略)科学と一般市民とを隔て、不信と無知をはびこらせてきた壁を壊さなくてはならない。私たち人間が、今直面する課題に立ち向かう妨げになるものがあるとすれば、それはその壁である。

目の前の研究に集中することは大事ですが、その研究が社会にとってどのような意味があるか、社会からどのように受け取られるか、意識してみてはいかがでしょうか。まずは身近な友人と話をしてみましょう。ときには「よくわらかない」と言われるかもしれませんが、地道に研究を伝えることが、ダウドナ博士の言う「不信と無知をはびこらせてきた壁」を壊すことにつながるはずです。ぜひ、研究室を出て話をしてみましょう。

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参考文献

  1. Statement for the Record Worldwide Threat Assessment of the US Intelligence Community
  2. Jinek M, et al. (2012) A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity. Science 337(6096): 816-821.
  3. Liana P et al. (2015) CRISPR/Cas9-mediated gene editing in human tripronuclear zygotes. Protein Cell 6(5): 363–372.
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