ネアンデルタール人の脳をミニチュアで再現する——最新の生命科学テクノロジーが明らかにする人類史の謎

絶滅したネアンデルタール人の脳をミニチュアで再現する……そんな研究がドイツで行われようとしています。ネアンデルタール人の研究は少し前まで発掘がメインでしたが、ここ10年の間でDNA解析をはじめとする生命科学がカバーするようになってきました。そして、新しい発見が相次いでいます。

化石はネアンデルタール人の歴史を証言する

ネアンデルタール人については、化石の研究から次のような生い立ちがわかっています。

今から40万年前、現在の人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人は共通祖先から分かれたと考えられています。彼らネアンデルタール人は中東からヨーロッパ方面に進出した一方、ホモ・サピエンスはしばらくの間アフリカに残りました。

ネアンデルタール人はこれまで、凶暴で野蛮な性格だったと考えられていました。しかし実際はアクセサリを作ったり洞窟に壁画を描いたりした痕跡があるなど、文化的な活動をしていたことが最近明らかになりつつあります(1)

そして6万年前、ホモ・サピエンスはアフリカから旅立ち、中東でネアンデルタール人と出会ったようです。その後、ネアンデルタール人は4万年前に絶滅。その理由は、人口を増やすホモ・サピエンスとの勢力争いに敗れた、何らかの気候変動の影響を受けたなど諸説ありますが、未だ定かではありません。

混血はあったのか? 化石のDNAを調べた衝撃の結果

同じヒト科ヒト属であるネアンデルタール人とホモ・サピエンス。この2種の生物が出会ったとき、両者の間は子どもをもうけたのでしょうか? ネアンデルタール人絶滅の理由が「人口を増やすホモ・サピエンスとの勢力争いに敗れたため」だとしたら、敵対する者同士の間で子どもが生まれたとは考えにくいと言えるでしょう。

この謎を明らかにするため、化石に残っているわずかなDNAを調べる研究が20年ほど前から行われるようになりました。ホモ・サピエンスの直系の子孫である現代人と比較すれば、混血があったかどうか判断できます。

2017年、国立科学博物館で開催された「大英自然史博物館展」で展示してあったネアンデルタール人のゲノム。容器の底にある白いものが、化石から抽出されたDNA。

そして2010年、マックス・プランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーポ教授らのグループが衝撃的な論文を発表しました。なんと、私たち現在の人類がもつDNAのうち1〜4%はネアンデルタール人由来だったのです(2)。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの間に子どもが生まれただけでなく、その子孫が世界中に広がり、私たちにDNAが受け継がれていることが判明しました。

なお、アフリカ人にはネアンデルタール人由来のDNAがほとんど発見されず、このことから混血児はアフリカに戻らなかったこともわかりました。

気になるのは、どのような遺伝情報をネアンデルタール人から受け継いだのか、というところ。例をあげると、免疫に関係するHLA遺伝子、寒い地域で生きるのに適した白い肌に関係するBNC2遺伝子など、生存のために有益なものがいくつか見つかっています。一方で高いLDLコレステロール値、摂食障害、統合失調症リスクにつながるものも受け継いだという報告も(3)。偶然なのか、以前は生存に有利だったのかについてはわかっておらず、受け継いだ遺伝情報に何らかの意味合いがあったのかは、まだ全容が解明されていません。

ネアンデルタール人の脳をミニチュアで再現する

両者の間に子どもができたにもかかわらず、一方は生存し、一方は絶滅しました。「なぜネアンデルタール人は絶滅したのか」という疑問は深まるばかり。もし、両者の遺伝子の違いが何らかの特徴(身体能力、知性、生殖能、病気リスクなど)の優劣につながれば、絶滅した理由の解明に一歩近づくはずです。そのためには、ネアンデルタール人独自の遺伝子を調べる必要があります。

今まさにそれを実現しようとしていると、ぺーポ教授は英『ガーディアン』誌のインタビューで述べています。記事では、ネアンデルタール人の遺伝子をもつ細胞から脳のミニチュアを作り、神経細胞やそのつながり方を調べようとしているとのことです。

Scientists to grow 'mini-brains' using Neanderthal DNA - The Guardian

研究の手法について、(1)ネアンデルタール人の遺伝子をもつ細胞を作る、(2)脳のミニチュアを作る、の手順に分けて紹介します。

(1)ネアンデルタール人の遺伝子をもつ細胞を作る

用意するのは、私たちホモ・サピエンスのES細胞。ES細胞とは、受精卵から取り出した細胞で、神経細胞を含むさまざまな種類の細胞に変化させることができます。

ES細胞に「ゲノム編集」という方法を使って、ネアンデルタール人の遺伝子を持つ細胞となるよう書き換えます。いわば、細胞を「ネアンデルタール人化」するというわけです。ただ、すべての遺伝子をネアンデルタール人化することはできないので、今回は脳を作るのに必須な3つの遺伝子に絞ってDNAを変化させます。

(2)脳のミニチュアを作る

ある特定の条件でES細胞を培養すると、神経細胞に変化します。さらに条件を調節すると神経細胞同士が立体的に集まって、直径数ミリメートルの脳のような「脳オルガノイド」と呼ばれる構造ができあがります。オルガノイド(organoid)とは、「臓器(organ)のようなもの(-oid)」という意味で、脳のミニチュアといえます。

脳オルガノイドは神経細胞が好き勝手に集まってできたもので、生きた生物の脳を完全に再現したものとは言えず、意識もありません。それでも、電気的な刺激に対する反応、神経細胞が成長するスピード、神経細胞同士のつながり(シナプス)を観察することは可能です。

例えば2013年には、脳体積が小さい「小頭症」という病気の患者のiPS細胞から脳オルガノイドが作られました(4)。この脳オルガノイドでは、神経細胞の成長に異常があることがわかりました。小頭症患者には学習障害や難聴などの症状があるため、脳オルガノイドからさまざまな脳機能を推測することができるのです。

ペーポ教授は、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人それぞれの脳オルガノイドを作り、神経細胞の成長スピードやつながり方の違いを比較するとのこと。これにより、どちらが賢いかまでは判断できないものの、計画性、社交性、会話などの能力を比べるヒントは得られるだろうと予想されています。

この研究は、単にネアンデルタール人の特徴を知るにとどまりません。ホモ・サピエンスの特徴も知ることで、私たちがなぜ今のように繁栄を極めるようになったのかという疑問にも答えられるかもしれません。

これからの10年間にも大発見が相次ぐはずだ

化石のDNAからホモ・サピエンスと混血したとわかったのは2010年。細胞をネアンデルタール人化するためのゲノム編集という技術が開発されたのは2013年。脳オルガノイドが初めてできたのも2013年。ネアンデルタール人の研究に活用できる技術はここ10年間で急速に進んできました。

古代人の研究というと、化石発掘に代表される考古学や古生物学のイメージがあるかもしれません。ところが最近は、DNAを調べる、細胞レベルで再現するという生命科学の方法でアプローチできるようになってきました。生命科学そのものが21世紀になってから急速に進歩しているので、ネアンデルタール人の研究も急速に進むのは間違いありません。

つまり、これまでの10年間に大きな発見がありましたが、これからの10年間も大きな発見が次々とあるだろうと期待できます。ネアンデルタール人と私たちはなぜ出会い、なぜ絶滅と存続という結果に分かれたのか。そもそも、私たちホモ・サピエンスとはどんな生き物なのか。これらの疑問にも答えてくれるかもしれません。これからの研究に期待がかかります。

参考文献

  1. Radovčić D, et al. (2015) Evidence for Neandertal Jewelry: Modified White-Tailed Eagle Claws at Krapina. PLoS One 10(3): e0119802.
  2. Green RE, et al. (2010) A draft sequence of the Neandertal genome. Science 328(5979): 710-722.
  3. Prüfer K et al. (2017) A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia. Science 358(6363): 655-658.
  4. Lancaster MA, et al. (2013) Cerebral organoids model human brain development and microcephaly. Nature 501(7467):373-9.
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