新たなインフルエンザウイルス治療薬からみる「理想の創薬像」

パニック映画では人々を恐怖に陥れ、現実世界では生物兵器としても利用されてしまうウイルス。彼らは他者へ寄生することで増殖し、宿主の生体機構を混乱させることで時には死に追いやることも。未だにウイルスに対する完全な対抗手段は実現していません。

そんな中、今年の3月にインフルエンザウイルスに対する新たな治療薬が販売開始されました。その有効性と、そこからみえてくる理想の治療薬像を探っていきましょう。

世界で初めての単回経口インフルエンザ治療薬: XOFLUZA(ゾフルーザ)™

ウイルスに対する手段には、大きく分けて「ワクチン」と「ウイルス治療薬」があります。ワクチンが感染防御を目的とする一方(「インフルエンザ予防の新たな鍵となるか?生ワクチンの登場」参照)、ウイルス治療薬は感染後の発症および重篤化を抑えることを目的としています。

筆者は医科学の研究室に所属しており、ウイルス業界の話もよく耳にしますが、ウイルス治療薬を取り扱う創薬業界にとって、2018年は「アツい年」であるそうです。というのも、2015年に創設された「先駆け審査指定制度*¹」が功を奏し、塩野義製薬の「ゾフルーザ™錠」が、申請からわずか半年後の2018年3月14日に販売されたのです。この薬は、従来の治療薬と比べてどのような違いがあるのでしょうか。

*1:海外に比べて製造販売承認の申請期間が先進国で遅いことを懸念した国の対策制度(厚生労働省)。

ウイルスの放出阻害 vs. ウイルスの核酸合成阻害

ゾフルーザが登場するまで、国内で使用可能なインフルエンザ治療薬は4種類ありました。経口薬である「タミフル」、注射薬の「ペラミビル」、そして経鼻・吸入薬の「リレンザ」と「イナビル」です。これら4種類はすべて、ウイルスの出芽を阻害する「ノイラミニダーゼ阻害剤」として作用します。

一方、ゾフルーザの作用は、ウイルスが核酸を合成する際に必要となる「ポリメラーゼ」が持つ機能(キャップ依存性エンドヌクレアーゼ活性*²)を選択的に阻害するもの。これは、ゾフルーザに含まれる「バロキサビル マルボキシル」という成分が体内で分解されてできる「バロキサビル マルボキシル活性体」によるものです。このように、ゾフルーザとこれまでのインフルエンザ治療薬は、全く異なる作用機序を示します。

*2:参考「インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼの構造生物学

上記4種の治療薬と同様に、ゾフルーザもA型およびB型インフルエンザウイルスのどちらにも有効性が確認されています。さらに、ゾフルーザの革新的なポイントは、単回かつ経口による投与で効果を示す点です(医薬品インタビューフォーム)。これまで、使用されていた4種類の治療薬のうち、タミフル以外のものも単回投与で効果を示しますが、単回かつ経口投与によって効能を示すインフルエンザ治療薬は、ゾフルーザが初となります。

創薬研究のポイント―耐性と投与ウィンドウ

ワクチン編で研究内容を解説いただいた筑波大学の川口准教授は、インフルエンザウイルスの核酸合成に着目した研究を進めています。今回の新薬に対して、専門家としての意見を伺いました。

「インフルエンザ治療薬の開発で重要になるのは、感染から服薬までの時間を指す『投与ウィンドウ』が広いということです。例えばタミフルは感染後48時間しか投与ウィンドウがなく、それを超えてしまうと期待できる効果が得られません。ウィンドウが広く、投与までの猶予がより長くても効果を発揮できるほうが望ましいですね」

―今回の新薬には、他にどのようなことを期待していますか?

「もうひとつ重視すべきは、薬に対して耐性を持った変異ウイルスが発生しないこと。タミフルの場合、ウイルスが増殖を繰り返す間にノイラミニダーゼにおいて生じる変異がタミフル耐性となる頻度が多いことが問題となっています*³。ただし、ゾフルーザはポリメラーゼ阻害といっても、核酸の複製阻害ではなく転写を阻害するため、耐性株のリスクはまだあるのかと思います」

*3: 参考Amino Acid Changes in Hemagglutinin Contribute to the Replication of Oseltamivir-Resistant H1N1 Influenza Viruses」(2013;Y.Kawaoka et al)

―耐性株の出現について、これまでの例を教えてください。

「2008年ごろ、3~4割程度のウイルスがタミフルへの耐性を持っていることが確認されています。その後、2009年にブタインフルエンザの流行(パンデミック)が問題になり、パンデミックを起こしたウイルス株が当時既存のものよりも優勢になりました*⁴。それまで繁栄していた薬剤性ウイルス株が耐性遺伝子ごとリセットされた ―つまり、ウイルスにとってはまた新たに薬剤耐性変異を獲得する必要がある状態になったのです。一旦リセットされたとはいえ、やはり現在まで耐性株が報告されつつあることは事実。前例としては3~4割が耐性となったことを踏まえると、また次も同程度の耐性株が出現する可能性はあるでしょう」

前述したように、これまで国内で使用されてきた4種類のインフルエンザ治療薬は、すべてノイラミニダーゼ阻害剤として作用します。塩野義製薬の社長である手代木功氏自身も、既存の治療薬に対して耐性ウイルスが出現した場合、異なる作用機序をもつゾフルーザは有益なオプションになると主張しています(シオノギ製薬HP)。

*4:農研機構HP参考

ゾフルーザの安全性―こどもへの使用も大丈夫

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pixabay

従来の治療薬と比べて画期的な新薬といえるゾフルーザですが、副作用については問題ないのでしょうか。

医薬品インタビューフォームによると、ゾフルーザの主な副作用は下痢で、610人中11人(1.8 %)で症状が観察されました。これは、プラセボ群での309例中4人(1.3 %)や、タミフル服用群の513人中7人(1.4 %)と同じレベルです。このほかにも、特に重篤な副作用は認められず、その安全性は確かであるといえます。

タミフル服用に伴うとされた精神異常問題ですが、実際には薬の服用との因果関係がみられないということで、2018年5月に厚生労働省が10代への使用を再開することを公言しました(朝日新聞)。多くのメディアが大きく取り上げたことから、治療薬の使用には抵抗を感じている人も多いかもしれません。正しい知識と確かな情報をもって、最適な医療を享受できる社会を実現していきたいですね。

「効能がある」価値の大きさは人それぞれ

―新薬の効能は、既存の薬と比べて必ず有効といえるのでしょうか?

「インフルエンザの場合、薬の『効能』とは、解熱にかかる時間を指します。インフルエンザウイルスに感染すると、治療薬を使用しないと解熱までに3日間はかかるとされていますが、その時間が薬の投与によってより短くなるとき『効能がある』とされます。しかし、そこに有意性があるかどうかは議論の分かれるところです。解熱に3日かかるか、あるいは2日かかるかなんて、誤差だと思う人もいるでしょう」

―たしかに、たった1日の違いはわずかであるようにも感じられます。

「しかし、患者本人にとって『1日でも早く治るかどうか』は非常に重要です。特にこどもや高齢の方にとって、1日の違いでも体にかかる負担は大きく変わってきます。健康な成人でも、体感としてだいぶ楽なはずです。

臨床試験におけるインフルエンザウイルスの駆除に必要な時間について、ゾフルーザの中央値は24時間、タミフルの72時間と比べて顕著に短いことが示されています。効果が表れるまでの時間においてタミフルよりも効果が高いといえますが、『誤差』とみなされてもおかしくないわずかな時間しか進歩していない、と思われるかもしれません。しかし、創薬研究者の目標は、この時間を少しでも短くし、患者の負担を少しでも早く減らすことにあります」

 

塩野義製薬によると、現在販売されている錠剤タイプに加えて、主に成人用として顆粒タイプが2018年4月に申請段階とのこと。近日中にも販売が開始予定であると思われます。さらに、2018年6月26日時点で米国食品医薬品局(FDA)に新薬承認申請を行い受理されたこと、同年12月24日には一連の審査を終えることを目標にしていることが公表されています。

創薬は基礎研究からスタートするため、開発から臨床試験まで長い時間がかけられています。滅多にない「画期的」な新薬のリリースですが、ゾフルーザが今後、実際に臨床の場でどういった効果をもたらすのか、その動向に注目です。

 

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