インフルエンザ予防の新たな鍵となるか?「生ワクチン」の登場

インフルエンザの猛威

 毎年9月ごろから開始するインフルエンザシーズン。例年1~2月にかけて受診者がピークを示し、国立感染症研究所によると、2017年9月頭から2018年1月末までの累計受診者数は約1111万人となり、特に2018年第3週目には患者数が過去10年間で最高の「51.93人(定点当たり推計約26万人)」を記録しました。

 インフルエンザが毎年メディアの恒例ネタになり世間を騒がすのは、その感染力の強さと感染拡大のスピード、そして新型が発生しやすいウイルスの特徴からでしょう。

 新型インフルエンザウイルスとは「季節性インフルエンザと抗原性が大きく異なるインフルエンザ」のことです(新型インフルエンザに関するQ&A|厚生労働省)。

 

感染時に人体で起こる免疫機構

 新型インフルエンザウイルスとは、ウイルス粒子の構造(特にHAと呼ばれるタンパク質)が従来のものと比較して変化したもので、いわば事件を起こした犯人が変装した状態。新型インフルエンザウイルスが問題となるのは、多くの人が新型に対する免疫を持たない(免疫記憶を持たない)からです。

  

(画像:http://free-illustrations.gatag.net/tag/西部劇)

 ワクチン接種を受けて免疫記憶を有する状態は、拳銃に弾丸をセット済みのガンマンのようなものであるといえるでしょう。敵が来てもすぐに対応できます。狙い撃ちです。

 免疫は大きく分けると2つのルートがあります。ひとつは自然免疫で、宿主(感染者)にもともと備わっており、肝炎に即座に応答します。熱や腫れ、痛みにみられる炎症もこれによるものです。

 もうひとつは獲得免疫。いわゆる現場に残された犯人の毛髪のように、ウイルスなどの侵入者の一部分であり特徴づける分子(抗原という)があります。この抗原を見分けることができるヘルパーT細胞がCTL(いわゆるキラーT細胞)を活性化させることで細胞性免疫を、B細胞を活性化させることで液性免疫を起動させます。

 特に、B細胞は活性化されるとウイルスを不活性化させる抗体を産生できるようになり、一度つくったことのある抗体は2度目に作る際にはより迅速に、かつ大量に作ることができます。これが免疫記憶というもので、「スプリットワクチン」はこの特性を利用しています。

 

生ワクチンの需要

 今インフルエンザワクチンとして主に使用されているのはスプリットワクチンと呼ばれる種類です。鶏卵で増殖させたウイルスを精製し、固定して不活化した後に、抗原として有効な成分のみを精製したもの。免疫応答で作られる抗体には大きくわく分けて5種類(IgG, A, E, M, D)があります。スプリットワクチンで生産される抗体は血液中を循環するIgGで、初感染時に侵入を阻害できるIgAとは異なり重症化を抑える程度なのです。

 ここでポイントなのが、スプリットワクチンだと感染現象によってのみ活性化されるT細胞由来の細胞性免疫は誘導できない点。免疫に関するポテンシャルを存分に発揮できないことになります。

インフルエンザの生ワクチン研究のハイライト

 2018年1月19日に科学雑誌Scienceで米国のカリフォルニア大学(UCLA)の研究チームは、インフルエンザワクチン開発における新たな解決策を展開しました。

  • A型インフルエンザウイルスのゲノム上にて見つかったIFN(インターフェロン;抗ウイルス因子)抵抗性を失った遺伝子変異のうち最も効果のあった8つの遺伝子変異を組み合わせたウイルス”HIS株:Hyper-Interferon-Sensitive”を作製
  • 培養細胞で、本来のウイルス(野生株)感染時よりもIFN産生遺伝子の発現レベルが増加。マウスやフェレットに経鼻感染させた場合にもHIS株自身の増殖は野生株より少なく病気の症状もほとんど示さなかった
  • HIS株を接種した場合に産生されたIgAの量は不活化ウイルスを接種した場合よりも多く、持続性もあり、ワクチンとしての有効性が示唆された はじめに研究チームは、A型インフルエンザウイルス粒子において無作為に変異を入れ、そのうち、ヒトの胚由来の培養細胞においてIFN抵抗性を失ったことで、ウイルス増殖に最も影響を受けた遺伝子変異を上位8つ選出しました。通常、インフルエンザウイルスは患者の免疫を強く抑制することが知られていますが、ここでいわれているIFN感受性とは、免疫抑制力が小さくなったもののことをいいます。

これら8つの変異を同時に組み合わせたウイルス"HIS株"を作製し、その性質を調べたところ、培養細胞上ではIFN遺伝子の発現量が通常の感染株(野生株)と比べて増加しており、ウイルスの免疫抑制力が低下したことがわかりました。

 また、HIS株を事前にマウスに経鼻接種した場合、未処理のマウスと比較してウイルス増殖が千分の一以下、フェレットの場合には百分の一以下にまで下がっていたことがわかりました。IFNをはじめとする宿主の免疫の応答は、野生株の感染時と比較して、感染のより早い段階で拡大を抑制できたとされています。ここでポイントなのが、HIS株の感染後に確認されたIgAのレベルが野生株の感染と同程度であった点です。これは従来のワクチンでは実現できなかったことです。

 HIS株がワクチンとして効果的であるのかを調べるため、マウスにHIS株を接種した4週間後に野生株を感染させた結果、不活化ウイルスを接種経験のあるマウスと比べてIgA産生量が20倍程度増加したことが明らかにされました。はじめに野生株の感染を経験しているマウスよりもウイルス増加抑制効果は五十分の一程度であったものの、フェレットにおける実験で、HAに対する抗体産生量が通常感染時の2週間後にみられるレベルと同程度の結果が7週間後にみられたことより、免疫応答の持続性が示唆されます。

 

インフルエンザ生ワクチンの実現性

 上記実験で用いたマウスとフェレットに関しては、野生株の感染が容態悪化あるいは死亡を引き起こすのに対し、HISウイルス株を感染させた場合には目立った症状がみられなかったよう。

 「二度無し現象」としてみられる免疫記憶および抗体産生の効果。スプリットワクチンとの有意ある比較、生体への安全性を考慮すると、HIS株は優れたワクチン候補である可能性があるでしょう。

 現在使用されている生ワクチンは、ウイルスが特定の動物種にしか感染できない性質を利用して作られています。例えばポリオウイルスは本来ヒトにしか感染せず、サルには感染しません。しかし、人為的にサルに接種し続けることで、サルに適応し、逆にヒトには感染しにくくなたウイルスが生まれることがあります。これがいわゆる弱毒生ワクチンです。

筑波大学医学医療系分子ウイルス学研究室の川口敦史准教授によると、インフルエンザワクチン作成段階で大量の鶏卵およびインフルエンザウイルスが必要で、さらにそれを精製するのも簡単なことではないといいます。一方で、生ワクチンの場合、接種するウイルス量はスプリットワクチンよりも少なくても十分であると考えられるため、「今回のように、生ワクチン候補のウイルス株を作る場合には、生産にかかる人件費や精製コストを比較的抑えられるでしょう」とのこと。「何万分の一などという非常にわずかな確率ではあるが、過去にはポリオ生ワクチン接種によって実際に発病した例もあり、今回の生ワクチン候補に関してもその可能性を完全に排除できないだろう」というご指摘も。「今回着目された遺伝子変異は8つでしたが、それらがなぜウイルス株のIFN抑制能を失効させるのかという詳細な作用機序を調べる必要がありますね(川口准教授)」。

 

【参考元】

http://top.tsite.jp/news/news/o/38483878/index

https://www0.nih.go.jp/niid/idsc/Hasseidoko/Levelmap/flu/new_jmap.html

「エッセンシャル免疫学 第一版」メディカルサイエンスインターナショナル

「医科ウイルス学 第三版」南江堂

「新しい免疫入門」Blue Backs

 

論文のソース

Science. 19 Jan 2018

“Genome-wide identification of interferon-sensitive mutations enables influenza vaccine design”

http://science.sciencemag.org/content/359/6373/290/tab-pdf

 

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