音楽家・松本昭彦が見つめる 芸術と科学技術の交点

松本昭彦氏は音を手がける芸術家だ。コンピューターのアルゴリズムを駆使して作曲法をデザインし、広告や展示のための音楽とその生成手法を制作する。またプログラマーとして、コンピューター上で音楽を創作・制御するための環境であるMax/MSPを用いてカスタムソフトウェアを開発し、アーティストや企業、研究機関などに提供している。

アルゴリズムを用いた作曲とは、確率過程などの数学的なモデルを利用して音符の列を生成するためのプログラムを構築し、システマティックな計算で音楽を作り出す技法を指す。同氏の作品としては、コンピューターによる12種類の作曲技法を用いて「音楽における人間とコンピューターの関係性を捉え直す」をコンセプトとしたピアノ前奏曲集「Preludes for Piano Book I」が知られている。

また、松本氏の音楽を追う上で重要な「即興/リアルタイム作曲」というキーワードが実験されているのが、以下の動画のシリーズだ。コンピューターでリアルタイムに生成するフレーズをモジュラーシンセサイザー[1]に送り込んで音響合成していくリアルタイムの作曲・演奏を記録したこの作品群はすでに90本を超える。

最新の技術を活用して独創的な制作活動に取り組む松本氏に、音楽家という視点から見た芸術と科学技術の関係のあり方を聞いた。

アルゴリズム作曲との出会い

––まず学生時代のことを聞かせてください。どのような経緯でコンピューターを用いたアルゴリズム作曲に興味を持ったのでしょうか?

「もともと私はギター少年だったのですが、自分の音楽を録音したり編集したりしたかったというのが音楽でコンピューターを使った最初の動機でした。アナログのカセットレコーダーなどは、何回も録音するとテープが劣化して音が悪くなっていくのが気持ち悪くて。

音の劣化を気にせず繰り返し編集したい、もっと自由度高く制作をしたいと考え、大学の入学祝いにもらったコンピューターに録音や編集ができるソフトを入れ、デスクトップミュージックを製作するようになりました。もう一つは、楽器から出した音にエフェクトをかけて自由に音色を作りこめる点にとても魅力を感じましたね。

最新シングル「Preludes for Piano Transcription」を生み出した作曲プログラム

音質劣化しない録音・編集と、音色の探究を同時に実現する制作環境を求めていたところ、ちょうど技術的に成熟してきていたコンピューターという答えにたどり着きました。

アルゴリズム作曲に取り組み始めたのは大学生の時です。大学で作曲を学んでいた学部2年か3年の頃、作曲の分野全体で世界トップクラスの教育研究で知られるコロンビア大学から、とある先生が移ってきました。日本とは全く違うアカデミズムの中にいたその先生がコンピューターを使って音楽を自動作曲をしていたんです。

ちょうどその時期に興味を持っていた音楽が、オウテカなどの、生成的な作曲の手法を模索している人たちの音楽でした。アルゴリズム作曲を用いた音楽に興味を持っていたタイミングでそうした技術を持った作曲家の先生から直接学ぶ機会が訪れたので、そこから一気に短期集中でいろんなものを吸収しましたね」

作曲の様式そのものを更新する

松本氏は現代音楽のバックグラウンドを持つ音楽家である。いわく現代音楽とはわれわれが今の時代に日常的に耳にする「現代の音楽」とは別物で、「西洋音楽の現在進行形」のことを指す。高いエンターテインメント性があり予備知識なしでも楽しめる現代の大衆音楽と異なり、現代音楽は西洋音楽の伝統の延長線上にあるため、歴史的な文脈を追うことで初めてその価値がわかるという。

米国の作曲家ミルトン・バビットは「高度に専門的な数学の研究は、世界中で120人程の専門家しか理解できない。同様に、専門家である我々の創作する先端的な音楽が少数の専門家からしか理解されないのは、むしろ当然である」としている[2]。このように、現代音楽はごく一部の聞き手にしかその価値が伝わらないという構造的な問題を指摘されているが、既存の枠組みを離れて新しい作曲の様式を作り出すことがこの領域の作曲家の創作の形だ。

そして新しい作曲方法を模索するという目的のため、現代音楽の作曲家たちは古くから数学的な手法を取り入れてきた。この潮流は、20世紀に急激に発達したコンピューターと親和性が高く、近年の機械学習による手法も含めてコンピューターによるアルゴリズム作曲という枠組みはますます多様になっている。そうした流れのなかで、松本氏は「質の高い即興演奏が作曲の究極の形」と主張する。

––最近のモジュラーシンセを使ったリアルタイム作曲の動画シリーズはあれほど大量の作品をどのような作曲手法で制作しているのでしょうか?

ライブ時にモジュラーシンセをコンピュータと同期制御するためのCV信号を生成するプログラム

「コンピューターにはAbletonのAPIを使って開発したプログラム群がセットされており、また録音しておいたギターの音なども大量にストックされています。コンピューターのキーボードにいろいろな機能を割り当てていて、演奏中にキーを押すと私が設計したアルゴリズムにしたがって曲のフレーズが自動的に生成されるようにしてあるんです。さらにコンピューター内でフレーズにさまざまなエフェクトをかけて音響化するためのコントローラーとしてモジュラーシンセを組み合わせています」

––そのようにして生成される作品群はどのようなおもしろさを持っているのでしょうか?

「曲を生成するアルゴリズムはかなり細かく調整していて、どんなものができるか半分予想ができて半分予想できない、というくらいに設定してあります。それに応答するように私が制御と音響化をして、さらに自動生成して、といった繰り返しによってコンピューターと質の高いセッションをしているようなイメージです。

私はこのプロセスを即興/リアルタイムで行うという側面が重要だと思っています。しばらく前からAIによる自動作曲の質は本当に上がっていて、AIが既存の作曲家の様式を模倣して作り出した曲はすでに人間が作曲したものと区別がつかないほどになってきています。そういったなかで人間が作曲を行っているということ、聴覚的にも視覚的にもリアルタイムにそれを生み出しているという実感が求められていると感じています。

そこで、究極的には高速化させた作曲行為を演奏行為に統合できる気がしていて、リアルタイムの作曲過程それ自体を演奏と同時にパフォーマンスとして『見せる』ものにするというのが現在の一つの解です」

モジュラーシンセとコンピューターを組み合わせたライブセット

芸術系のアイデアを実現するために理工系の技術が必要

––東京大学知の構造化センターの研究員として、リアルタイムに生成される音楽の作品制作に携わっていましたね。理工系のアカデミアとはどのように接点を作られたのでしょうか?

「大学で制作されるインスタレーションなどで、音響部分の開発を依頼されるようになったのがきっかけです。サウンドアートのプロジェクトに参加する中で東大の総合文化研究科の池上高志教授と知り合い、作品の音響に関する技術的な部分を頼まれたことが大きかったです。一方で、自分の作品を制作する過程でどうしても機械的な構造の設計が必要なときなどには、私の方から大学の技術畑の人にお願いすることも。

何か作りたい作品があり、それを実現するために必要な技術があり、一緒に協業したい『人』がいて、理工系の人と分業体制をとるという選択をします。

––なるほど、分業体制ですか。関連するところでは、たとえば最近ではteamLabRhizomatiks Researchといった、アートやデザインを扱う会社が理工系の学生を採用するケースが散見されますいます。芸術家と科学者や技術者の協業、分業に需要を感じることはありますか?

「企業側に話を聞くと、今はアートのバックグラウンドを持つ人よりも、ガチガチの理系研究者のような人を求めているみたいですね。なんちゃってクリエイターではなく、本当に技術的に高度な仕事ができる人を採用したいと聞いたことがあります。

一つ確実に言えるのは、クリエイティブなものを作る集団で、デザインやディレクションなどの根本的な舵取りをする人は1人か2人で十分だということです。あとはトップの人のアイデアを実現するための手法を研究したり、実際にプログラムを書いたりする無数の技術者が必要になる。アート作品のコンセプトを考えるトップがカバーしきれない専門的な技術や研究を支える人たちの需要が高いようです」

––これからのアカデミアに対して、芸術系の分野と、理工系の分野のそれぞれに期待することは何でしょうか?

「芸術のアカデミアには、商業ベースの競争の中では絶対に生み出し得ない発想の音楽や分析の理論をストイックに突き詰めるところに面白さを感じています。私自身は象牙の塔にこもるタイプではないので、アカデミアの中では活動していませんが、ビジネスが絡むと絶対にできないような、また一般の人がまず知らないようなアカデミアの専門的な研究の成果をいかに直接的に実社会の中で応用するかということを考えています。

理工系のアカデミアとのコラボレーションについて私が今いちばん問題に感じているのは、人同士のコネクションが少なすぎることです。サイエンスから芸術まで全て網羅している総合大学でも、結局分野間の横のつながりが非常に薄い。本当は異分野間のものを組み合わせて新しいものを生み出せるはずだし、且つ新たな創造ができる人材が揃っているのに、そのパイプが全くないという状況です。あとはアートに対する拒絶反応があるサイエンティストは結構いると思います。

サイエンスもアートも、長い歴史的な文脈をリファレンスとなる文献を辿っていってようやく理解できるようになるという点では同じようにアカデミックなものです。芸術系と理工系との分野間のつながりもさることながら、『この人と一緒に仕事をしたい!』という人同士のつながりを育てていってほしいと思います」

[1]モジュラーシンセサイザーとは、一般的なキーボードシンセサイザーに組み込まれている音声信号の発信、加工などの各機能をモジュールとして独立させたもの。異なるモジュールどうしをケーブルで繋いで信号を送受信することで、複雑かつ自由に音響を制作できる。

[2] Milton Babbitt. Who cares if you listen? In Elliott Schwartz and Barney Childs, editors, Contemporary Composers on Contemporary Music, pp. 243–250.

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