バイオも「マイクロものづくり」 DIYバイオ/ゲノム編集カフェを開催して

2018年9月23日、東京・渋谷の青山学院大学で「DIYバイオ/ゲノム編集カフェ」と題する対話イベントを開催しました。

開催のきっかけとなったのは、2018年6月25日に放送されたNHK総合テレビのクローズアップ現代+(プラス)「あなたが “夢の発明” の主役!?DIYバイオ最前線」。放送終了後、番組でコメンテーターを務めた早稲田大学の岩崎秀雄教授が、自身のFacebookページの中で「時間が足りず、本来話すべき内容を十分伝えることができなかった」とつぶやいていたこと。さらに、現在進行形で萌芽する科学技術の事例であるDIYバイオ/ゲノム編集に関して、フラットな対話を持つ場があまり見られなかったことなどから、10年ぶりに筆者がお声がけし、実現の運びとなりました。

参加された方々にアイスブレイクを兼ねた自己紹介でイベントに参加されたきっかけを伺ったところ、聞きなれないゲノム編集に関する興味、テレビに登場したDIYバイオに関する興味、さらにバイオ研究と社会との関わりなど、多様な興味を語っておられました。必ずしも番組を視聴された方々ばかりではなかったので、随時番組の内容を紹介しながら話題を提供しながら対話を進めるという形を取りました。

※過去には、2008年11月に岩崎さんを話題提供者にお呼びして、合成生物学に関するサイエンスカフェを企画運営したことがあります

DIYバイオは、いわばバイオ分野の「マイクロものづくり」の試み

DIYバイオは、いわばバイオ分野の「マイクロものづくり」の試みです。

インターネットの普及やデジタルデバイスの進化に伴って、ものづくりの技術的ハードルが劇的に下がってきました。バイオ分野においても、ハード面でのコストダウンやリサーチツールの簡便化などの流れに乗って、一般市民であってもポケットマネーを捻出さえすれば、個人の家の一部をラボにすることによって実験や試作が可能な時代が既に到来しています。

かくいう岩崎さん自身も中古の顕微鏡などの器械を買い揃えて、自宅の一室を私的なラボにしているとのこと。ひと昔前の研究機器は堅牢なものが多く、状態さえ良ければ中古品でも十分実用になるそうです。今後は研究機器の中古市場も拡大していく可能性があり、すでにCo-LABO MAKERのような実験機器のシェアリングサービスも生まれています。

(写真:室井宏仁氏提供)

遺伝子を破壊していれば法の規制は受けず?

DIYバイオとゲノム編集に関しては幾つかの論点がありますが、カフェで取り上げた内容を中心に、要点をかいつまんでご紹介します。

CRISPR/Cas9の登場によって、ゲノム編集技術は安価かつ簡便になりました。他方、環境省の「遺伝子組換え生物等専門委員会」においては、ゲノム編集技術の利用により得られた生物の「カルタヘナ法(※)」上の取り扱いについて、特定遺伝子を破壊する「遺伝子ノックアウト」を施した生物については同法を適用しない方向で検討が進められています。

ゲノム編集技術の応用を加速していくための環境が整備されつつある反面、カルタヘナ法による規制を受けずに一部のゲノム編集技術がDIYバイオによって利用されることに対する懸念も生まれているようです。

今年8月には、同委員会メンバーが「DIYバイオは日本では行われていないと思う」と発言したことが、毎日新聞のウェブニュースを通じてFacebookやゲノム編集の勉強会等で話題となりました。今回のカフェにおいてもこの発言の真意に関して、大学や研究機関に所属しない市井のバイオハッカーのことに敢えて触れないことで、ゲノム編集技術を市場へ導入するスピードを早めようとする意図が働いたのではないかといった議論がなされました。

用語解説
(※)カルタヘナ法とは
「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」のことを、通称「カルタヘナ法」と呼んでいます。カルタヘナ法は、2000年1月に採択、2003年6月に締結された「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書(通称「カルタヘナ議定書」と略)」を日本で実施するために施行された法律で、毎年、バイオ産業の業界団体であるバイオインダストリー協会で説明会が実施され、後日ウェブを通じて関連資料が一般に公開されています。最近では、産業応用および国際競争の観点から、ゲノム編集技術が遺伝子組み換え生物等の使用等の規制対象になるかどうか(カルタヘナ法における該非判定)が、ホットイシューとなっていました。

DIYバイオとゲノム編集に関しては、とかく企業や産学連携等による産業応用の進展や、バイオテロへの懸念や生物多様性の保全の観点からのDIYバイオへの規制といったところに目が向けられがちです。しかし、生命美学プラットフォーム「metaPhorest」を主宰し、BioClub(バイオを軸に、異なる立場の人たちが協働し、新たな視点を生み出すプラットフォーム)のアドバイザーでもある岩崎さんは、産業化の視点以外に、アートとしてのDIYバイオの重要性についても触れていました。

また、2016年の茨城県北芸術祭で大きく取り上げられた「発酵もバイオの側面のひとつであり、単に基礎研究の産業化にとどまらない、生活に根ざした広い視点からバイオを捉える必要がある」というお話にも触れられていました。クローズアップ現代+では放送時間の制約もあり、誤解を招くかもしれない表現が使われていたことも含め、DIYバイオの応用展開について説明不足な内容にとどまっていたことを危惧していました。

DIYバイオを敵視しない、多視点的な洞察の重要性

DIYバイオは、単にバイオ研究を製品やサービスとして社会実装するという観点にとどまらない、広い視点をもった活動です。前述の発酵のような「クラシカルバイオ」の分野から、BioClubのファウンダーであるゲオルグ・トレメル氏と福原志保氏によるBCLの活動のような、バイオアートの営為もすべて含まれます。

ゲオルグ氏のBioClubに関する記事はこちら
アーティストからみるバイオの世界~コミュニティラボBioClubのススメ~

 研究者が行うバイオ研究を善、非研究者の市民が行うDIYバイオを悪と見なして判断を下すのは、健全な研究の形とは言えないと思われます。研究者と非研究者(あるいはプロの研究者とアマチュア研究者)の協働は、天文や気象等の分野では先行しており、ようやくバイオ分野も協働の萌芽が生まれてきたようです。

岩崎教授は、バイオの中でも特に昆虫の研究に着目し、DIYバイオによってアカデミアの研究者とアマチュアの昆虫フリークが協働することで知の新たな地平が開けるのではないかというアイデアを披露。カフェの参加者もそれぞれの思いを出し合う良い機会となりました。

主催者として感じたこと

DIYバイオを単に「非研究者が行うものだから危険である」とか「社会に誤解を招くかも知れないから敢えて国内ではDIYバイオは行われていないことにする」といった話を見聞きするにつけ、もう少し全体を俯瞰した視点からエビデンスベースで対話する機会が必要なのではないかと感じ、ささやかな場を設定しました。

萌芽する科学技術に対する感じ方はひとそれぞれです。今回のDIYバイオ/ゲノム編集カフェに限らず、私が企画運営しているカフェイベントは一貫して、合意形成を目指すものではありません。それよりも、参加者それぞれが感じたことを対話を通じて共有しあい、新たな気づきを得て持ち帰るということを大事にしています。

今回のカフェイベントに関しても、それぞれが科学と社会の関係を意識しておくことの重要性を参加者の方々に再認識していただけたと感じています。

新聞社や文科省傘下の独立行政法人のメディアからの取材もあり、特異なテーマでの対話であっても(むしろ特異だからこそ!?)意外と注目する人は注目するのだなと感じました。興味をもたれた方がおられたら、また似たような視点での対話の場を設けていきたいと考えています。

ゲノム編集に関するLab-Onの人気記事はこちら!
ゲノム編集を大量破壊兵器にしないために科学者がすべきこと『CRISPR(クリスパー)究極の遺伝子編集技術の発見』書評

写真
DIYバイオ/ゲノム編集カフェ終了後に参加者有志で訪れたバイオアート展(表参道)

参考文献
1. DIYバイオ/ゲノム編集カフェ
https://diybio.peatix.com/
2. クローズアップ現代+「あなたが“夢の発明”の主役!? DIYバイオ最前線」
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4149/
3. クローズアップ現代+の補足(Hideo Iwasaki)
https://www.facebook.com/iwasaki.hideo.5/posts/1948009675251575
4. Co-LABO MAKER
https://co-labo-maker.com/
5. 平成30年7月11日 遺伝子組換え生物等専門委員会(平成30年度 第1回)議事録(環境省)
https://www.env.go.jp/council/12nature/02_3.html
6. 平成30年8月7日 カルタヘナ法におけるゲノム編集技術等検討会(平成30年度 第1回)議事録(環境省)
https://www.env.go.jp/council/12nature/post_56.html
7. 平成30年8月20日 カルタヘナ法におけるゲノム編集技術等検討会(平成30年度 第2回)議事録(環境省)
https://www.env.go.jp/council/12nature/30_3.html
8. 平成30年8月30日 遺伝子組換え生物等専門委員会(平成30年度 第2回)議事録(環境省)
https://www.env.go.jp/council/12nature/30_12.html
9. パブリックコメント「ゲノム編集技術の利用により得られた生物のカルタヘナ法上の整理及び取扱方針について(案)」(2018年10月19日締切)
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=195180033&Mode=0
10. ゲノム編集作物栽培、任意届け出に 実効性に課題(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20180831/k00/00m/040/120000c
11. カルタヘナ法とは(農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/about/
12. metaPhorest(生命美学プラットフォーム)
http://metaphorest.net/
13. BioClub
http://bioclub.org/
14. KENPOKU ART 茨城県北芸術祭
https://kenpoku-art.jp/
15. BCL
https://bcl.io/

関連キーワード
学術の関連記事
  • 仮想通貨だけじゃない!「ブロックチェーン」で生活はどう変わる?
  • 先生は「上司」じゃない 〜いい研究室の条件とは〜
  • バイオも「マイクロものづくり」 DIYバイオ/ゲノム編集カフェを開催して
  • 音楽家・松本昭彦が見つめる 芸術と科学技術の交点
  • 2018年7月のケースに見る台風の姿と予報
  • 免疫チェックポイントタンパク質PD-1の発見と産学連携―サイエンスビジネスが死の谷を超えるには
おすすめの記事