10月23日、これまでの再生医療の産官学の取り組みを振り返り、産業化を見据えた社会実装の仕組みについて考察する「第3回 再生医療産学官連携シンポジウム」が、東京都中央区の日本橋三井ホールで開催されました。
日本再生医療学会(JSRM)再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)およびライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK—J)による共催)

JSRM理事長とLINK-J副理事長を兼任する澤芳樹氏は、開会挨拶の中で、キーワードは「再生医療の普遍化」であると述べました。再生医療が産業化し社会実装していくためには、既存の医薬品と同様に医療の中で日常に普及するための健全なサプライチェーンを確立していくことが必須であるためです。

特に、産業化に不足しているものとして、「産業用細胞バンクの充実」と「細胞製造の拠点」の2つを挙げました。産業用細胞バンクは、既存の研究用途の細胞バンクと異なり、実現する上での法律や技術、倫理に関する課題が存在し、これらをクリアして構築していく必要があります。細胞製造の拠点は、海外においては既に多く見られ、再生医療等製品の開発製造受託ビジネスも進んでいます。しかし、細胞製造自体が不確実性の大きいサイエンス的な要素を多く含むため、日本においても企業任せにするのではなく、産業施策の一環として国のイニシアティブで推進する必要があるということです。

基調講演、産業界・アカデミアおよび行政側からの講演の後、パネル討論会がおこなわれました。冒頭、JSRM幹事の岡田潔氏から「再生医療等製品の開発におけるわが国の現状分析」について、SWOT分析(内部環境および外部環境について、強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の四象限に要因分析すること)の形で示されました。

強み(Strength)

 高い科学力、優秀なシーズの多さ、アカデミアの活発さ

弱み(Weakness)

 産業化支援システムの欠如産業用細胞バンクの脆弱性

 メーカーによる投資の消極性

機会(Opportunities)

 iPS細胞等先端技術への注目、条件・期限付承認制度など法規制の先進性

脅威(Threats)

 iPS細胞等先端技術の流出、欧米企業による産業用細胞市場の独占支配

(岡田潔氏のシンポジウム発表資料をもとに、一部改変)

岡田氏は、参考すべき例としてドイツのフラウンホーファー研究機構が実施している産業化支援システムを提示。日本においては、基礎研究を臨床研究に橋渡しするトランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究とも呼ばれる)への基盤整備が手厚くおこなわれている一方ドイツの産業化のモデルでは、ものづくりのリスクを低減するために、臨床研究から産業化支援機関を通してメーカーへの橋渡しに重点が置かれているのが特徴です。

理想を追うアカデミア、「儲かるからやる」という産業界

岡田氏の発言を受けて、内閣官房 健康・医療戦略室次長の江崎禎英氏は、日本における再生医療のボトルネックは「どこまでも理想を追い求めるアカデミア、儲かるからやるという産業界、という根本的な考え方の相違にある」と口火を切りました。そのうえで「本音としては誰もがリスクを負いたくないから」と、経済産業省での長い再生医療に関する官僚経験をもとに話を続けます。

科学技術、特に萌芽段階での科学技術は不確実性が大きく、利害関係者はそれぞれの立場から無謬性(誤りが一切含まれていないという意味)にこだわります。責任を逃れようとすればするほど前に進むことができない、負のスパイラルに陥りがちです。

この負のスパイラルから脱却するために、江崎氏は「リスクのシェアリング」を提案します。「いかに早く安く安全に再生医療を患者に届けるか」を目的として掲げる再生医療において利害関係者みんなでどうそれをシェアするのか―。具体的な案こそ出ませんでしたが、解決の糸口が示されたことでパネル全体からの期待にある程度応えた形となりました。

いくら良いシステムをつくっても、それだけでは機能しない

続いて、文部科学省 ライフサイエンス課課長の仙波秀志氏は、岡田氏が弱みとして指摘した「産業化支援システム」について

産業化支援システムだけでは物事は動かない。成功しているところでは必ずそれを支える人が存在する。アカデミアと産業界の考え方の違いの間を埋める「つなぐ人材」をどのようにつくっていったら良いのか、再生医療でも他で成功している人たちがどういった形で継続して活躍していけるのかというところを考えてみたい

と言及しました。

責任ある再生医療を行う上で担保となる規制がイノベーションには必要

厚生労働省 研究開発振興課課長の伯野春彦氏は、ともすれば「規制官庁」と揶揄される厚生労働省の立場であることを意識しつつ「最先端の技術に対する一定の規制は必要。何かが起こった時に再生医療、あるいは再生医療を含む先端医療全体の安全性が危惧される。とは言え、逆にがちがちの規制でイノベーションが阻害されてはいけない」と述べました。その裏付けが「条件付き早期承認制度」という訳です。

条件付き早期承認制度

厚生労働省が、重篤な疾患であっても有効な治療法が乏しく患者数が少ない疾患等を対象とする医薬品や、生命に重大な影響があり、既存の治療法等に有効なものがない疾患を対象とする革新的医療機器(再生医療等製品を含む)について、リスクとベネフィットのバランスを図りつつ、早期の実用化を促進する制度のことを指す。

参考:
革新的医療機器条件付早期承認制度への対応(医薬品医療機器総合機構)
医薬品条件付早期承認制度への対応(医薬品医療機器総合機構)

事業予測性が見えない中で競争優位性を保つ

FIRM理事、JSRM理事で、株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング代表取締役 社長執行役員の畠賢一郎氏は、岡田氏が弱みとして挙げた中から「メーカーによる投資の消極性」について言及しました。

再生医療という、事業予測性がまだまだ見えない中で、メーカーによる投資の消極性というのは大きい。本来、企業が競争優位性を保とうと思えば、事業予測性の低いところを目指すべきで、知識と経験がないから予測が難しいのか、あっても予測できないのか、まだそのあたりの整理もできていない。再生医療のエコシステム(生物における生態系を模して表現したもので、ビジネス生態系とも呼ばれる)を、事業予測性を高めるためにどう機能させるかが重要。

としたうえで、産業用途に用いることのできる細胞の入手、安定的でかつ健全な原料の入手、培養の可否、製造の可否、配送の可否、保険収載の可否、さらに商品として実際に使ってもらえるかどうかに至るまで、様々な不確実性を加味して事業を考えていく必要性がある旨を話しました。開会挨拶の中で澤氏が言及した「細胞製造の拠点」というのは、こうした不確実性の束を再生医療に関わる企業だけに背負わせるのではなく、産業施策として国が補助する必要があるということなのです。

再生医療の産業化に必要なのは「乱暴な種類の投資のお金」

FIRM会員で、株式会社ヘリオス 代表取締役社長CEOの鍵本忠尚氏は「再生医療のしくみにしても法整備にしても、アカデミアのレベルにおいてはすべて揃っており、実際に足りていないのはアカデミアと事業会社とのギャップを埋めるために必要な「乱暴な種類の投資のお金」」だ、と述べます。

その上で、アカデミアと事業会社だけで産業化の機会を逃したケースとして、タンパク医薬の事例を紹介しました。タンパク医薬は、発酵技術をはじめ、日本には産学ともに十分な技術基盤があったにも関わらず、スタートアップもスタートアップに投資するVC(ベンチャーキャピタル)もなく、国内での産業化は失敗。一方米国ではアムジェンジェネンテックといったバイオスタートアップが生まれ、タンパク医薬で成功をおさめたのでした。アムジェンやジェネンテックを支え、成長させた源泉が「乱暴な種類の投資のお金」だったという訳です。

現在、米国では細胞医療に対するVCの投資額が大幅な右肩上がりで伸長。もちろんVC側もすべてのスタートアップが成功するとは考えていませんが、「乱暴な種類の投資のお金」を投資することによって、全体として投資がプラスとなり、結果として優れた人材が集積し、技術が向上し、大企業が目をつけるというところまで進むというフローが循環しています。

鍵本氏は、もし仮に日本に大型のファンドが存在したとしても、日本人にはVCがVCでなくなり、本来の投資としてのお金の使い方ができないのではと指摘します。このことこそが、日本自身が持っている日本人の脆弱性ではないかと言うのでした。

制度ができれば「乱暴な種類の投資のお金」は最小限にできる

パネラー全員に発言の機会が与えられた後、再度江崎氏によるパネル討論会全体のラップアップが行われました。江崎氏曰く、産学官連携の理想的なあり方とは、「共通の敵をつくること」。再生医療に関しては、世界標準がまだ確立されておらず、その中ですべての要素を日本が持っていて、海外の人たちが日本に教えを請いにやってきていることについて触れ、これを逆手にとって産学官連携でともに世界をどうすれば良いかというテーマで取り組めば良いと主張します。

「儲かるならやる」のではなく「儲かるようにすれば」良く、その時に事業リスクは最小化するので、国レベルで制度をつくってやれば「乱暴な種類の投資のお金」は最小限で済むと締めくくって終了となりました。

参考
1.第3回 再生医療産学官連携シンポジウム
https://www.link-j.org/event/post-1109.html
2.革新的医療機器条件付き早期承認制度への対応
https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/about-reviews/devices/0042.html
3.医薬品条件付き早期承認制度への対応
https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/0045.html

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