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なぜ生物は生物たりえるのか? ― 生命の理解を加速する「クライオ電子顕微鏡法(cryo-EM)」

細胞の「恒常性(ホメオスタシス)」を担うイオンチャンネル

「生物とそうでないものの違いは何だろう?」

この問いは生命に関わる研究者の間で長年議論され続けているテーマであり、講談社の新書「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著)をはじめ、様々な一般向け書籍の題材になっています。

例えば、切った爪や抜けた髪の毛は生物なのか?学習能力を持ち、自らの判断で行動を決める人工知能は生物なのか?―生物とそうでないものを分ける条件に議論は尽きませんが、生物の定義として重要な要件の1つに「恒常性(ホメオスタシス)」が挙げられます。何もしないと散らばってしまう物質を、一定の濃度で一定の範囲内に保つ性質のことです。

生物の体を形成している細胞のはたらきには、必要な物質をちょうどいい量で細胞内に留めるホメオスタシスの維持が重要です。今回紹介する研究論文は、細胞内のイオンや水の量を適当な状態に調節するために働く機構の1つである「LRRC8A」という分子の仕組みを明らかにできたというもの。生物のホメオスタシス的側面を解明する一歩とも言えます。

イオンチャネルLRRC8Aの役割と謎

細胞内のイオンや水の量をコントロールするためには、内部の状態を感知して細胞から水やイオンを出し入れする「水門」が必要であり、感知機能付きの水門は「イオンチャネル」と呼ばれます。LRRC8Aは、イオンチャネルの一種です。

これまでの研究で、LRRC8Aは細胞が膨張したことを検知して陰イオンや水を排出していることが解明されていましたが、LRRC8Aの詳細な形状や動作メカニズムについては明らかになっていませんでした。

そこで本論文の筆頭著者である糟谷氏らのグループは、大量に作ったLRRC8Aの形を見ることで、LRRC8Aのはたらき方を解明しようと試みたのです。

変化する構造体を観察する「クライオ電子顕微鏡法」

今回の研究では、LRRC8A分子の詳細な形状を観察することで機能を解明が試みられました。しかし、そもそもこの分子の観察は簡単なことではありません。

LRRC8Aは全長20ナノメートル(1億分の2メートル)にも満たない大きさで、通常の光学顕微鏡ではとても見ることのできないほど小さな構造体です。ナノメートルサイズの物質を観察する手段として電子顕微鏡が挙げられますが、電子顕微鏡の実験では対象物を真空容器の中に入れたり高エネルギーの電子ビームを照射する必要があります。LRRC8Aのようなタンパク質構造体は、そのような環境に耐えられるほど頑丈な構造ではないため、通常の電子顕微鏡では画像を得る前に分子が壊れてしまうのです。

LRRC8Aの形を見るためにどうするか?その難題を解決する手法として用いられたのが、「クライオ電子顕微鏡法(cryo-EM)」でした。

クライオ電子顕微鏡法による観察では、まず極低温まで冷却しても結晶の氷にならない特殊な液体に観察する対象物を浸漬、瞬間的に凍らせることで組織を保護します。通常の電子顕微鏡では壊れてしまうタンパク質分子も、あらかじめ凍らせて固定しておくことで、過酷な環境下でも形状を維持が可能です。その上で、電子顕微鏡で様々な角度から膨大な数の平面画像を撮影し、それらをコンピューターで組み合わせて立体的な形を解明します。

タンパク質構造体の形を見る代表的な手法として、他にも「X線結晶構造解析法」という手法もあります。これは、対象物を結晶化させてX線を当て、結晶を通過したX線の散らばり具合から構造を算出するという手法です。

X線結晶構造解析が最初に行われたのは1953年のこと。クライオ電子顕微鏡法よりも遥か以前に確立された手法です。当時は画期的な解析方法であると目されましたが、複数の形をとり得る構造体では結晶化しやすい形でしか観察ができなかったため、LRRC8Aのように、分子自体が形状を変えることで機能している構造体のはたらきを解明するには不十分な手法でした。

LRRC8Aの形とはたらき方

クライオ電子顕微鏡による観察の結果、LRRC8Aは、同じタンパク質分子が6つ組み合わさった構造であることが判明。タンパク質分子がそれぞれペアとなって合計3ペアが束のように組み合わさることで、真ん中にイオンや水の透過孔になっています(下図参照)。

透過孔の内側には正電荷を帯びやすいアミノ酸残基や、水と結びつきやすいアミノ酸残基が多く並び、陰イオンや水分子が通りやすい構造です。

 

 

LRRC8Aは細胞膜を貫く形で細胞の表面に存在しています。LRRC8Aのうち細胞の内側にある部分(細胞内領域)は他の部分と比べて動きが柔軟で、この部分が緩んだり(図の上側の構造)閉じたり(図の下側の構造)しながら、陰イオンや水の排出が調節されていることが示唆されました。

終わりに

生体分子の構造を研究するには、対象物を大量に精製したり、手法によっては結晶化を何ヵ月も待たねばならなかったりと、長い時間がかかります。構造を見るための設備も限られた数しか存在せず、利用するために順番を待たねばなりません。そのためになかなか論文が発表できず、博士号取得に4年から5年かかる人も数多くいます。

しかし、クライオ電子顕微鏡法によるLRRC8Aの解析では、研究着手から1年足らずで構造を特定したことから、同手法のポテンシャルの高さを強く感じます。ちなみに、クライオ電子顕微鏡法を開発したジャック・ドゥボシェ氏、ヨアヒム・フランク氏、リチャード・ヘンダーソン氏の3名は、「溶液中の生体分子の構造を高い解像度で観察できるクライオ電子顕微鏡の発明」を認められ、2017年にノーベル化学賞を受賞しています。

「なぜ生物は生物たりえるのか?」

この問いは、生命の研究に携わる研究者にとって永遠のテーマであり、生命を成すための一つひとつの機構に関わる謎を解明しては、また新たな謎が生まれるという営みが繰り返されています。日々生まれる新たな技術がそうした営みをより洗練し、人類をまた一歩前へと進ませるのです。

■出典元
細胞の膨張を感知する陰イオンチャネルLRRC8Aのクライオ電子顕微鏡による構造解析: ライフサイエンス 新着論文レビュー
糟谷 豪・石谷隆一郎・濡木 理
(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻生物化学講座構造生命科学研究室)

■参考
【速報】2017年ノーベル化学賞は「クライオ電子顕微鏡の開発」に!  Chem-Station (ケムステ)

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