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あなたの指導教官が人工知能なら〜AI音声アシスタントがいる研究室 〜

 バイオ系の実験者なら、誰もが一度は「培地やバッファーの組成を間違えた」経験があるのではないだろうか?「あれ?この試薬いれたんだっけ?まだいれてないんだっけ?」ノートを見ると、培地の材料の試薬の一つにチェックが入ってないことに気付く。

”あれ、入れたような気もするけど、チェックのし忘れ?それとも本当にいれてないんだっけ…?” 

モヤモヤしながら実験を進めると、案の定、失敗した。
 
”やっぱり、あの試薬入れてなかったんだ…もう一度やり直しか。”

 気落ちしたあなたは気分転換にスマートフォンに話しかける。リフレッシュにアップテンポの曲でも聴こうかな。スマートフォンの音声アシスタントはクラブミュージックを選んでくれた。

 これはよくある光景だ。実験中にふと集中力が途切れることもあるし、おもむろにスマホの音声アシスタントに話しかけることもある。もし、この音声アシスタントが、こんな失敗をする前に助けてくれるとしたら…?
 
 近年注目されている”AI”の波が、研究室にやってきたらどうなるのだろうか?その幕開きを描いた記事が、Chemical and Engineering Newsで発表されたこちらの記事である。

 詳細は記事を参照していただきたいが、心に留めておいていただきたいのは次の2点である。一つはAlexaはAmazon が所有する人工知能のことで、音声を認識して色々な操作を実行してくれる音声認識ユーザーインターフェースであること。もうひとつはHelixは研究室で使うことのできるAlexaのアドオン(付加装置)でAmazon’s Echoを構成する一部分であるということだ。Alexaでは音楽を聴くこともできるし、ドミノピザを注文することもできる。これにHelixがあれば、物質の融点、沸点、分子量などをしらべることができる。培地作製のプロトコルなども実装中だ。今後は試薬の注文もできるようになるかもしれない。Alexaに話しかける人数の少ない、小さなラボでは上手く使われると考えられている。
 
 もちろん、Alexaはまだ広く普及していない。そんな今だからこそ、PI(Principal Investigator: 教授)がAIに代替される研究室に起こりうる事柄を考えてみたい。

 まず、人間しかいない研究室を考えてみよう。私たち人間には“厄介”な点がある。それはミスをするということだ。たまに反応に使う試薬の分量を間違えたり、バッファーに何を加えたか自信をもてないときがある。これは人間が必ず不確実性を持ち合わせていることによる。自分の作った培地の組成に一度確信を持てなくなってしまったら、その培地は捨てることになるだろう。その培地を使って実験を進めても、「培地の組成、合ってたよな?」というもやもやが心の底にへばりつく。確信の持てない培地でとったデータは、確信をもてないものだからだ。
 一方で人間の特長もある。それは私たちは知識を持てば「話が合う」という成功体験ができるということだ。相手の話が理解でき、自分もそれに対して意見を言えるとき、コミュニケーションは成立する。こんなことはそうそうないが、居酒屋でベンゼンの沸点の話題を振られたときに何も知らなかったら答えられない。知識にユーモアのひとつでもひっかけて即答すれば、あなたの信頼は確実に増すだろう。案外こういうところでのコネクションが後々効いてきたりする。
 
次に、AlexaなどのAI音声アシスタントがいる研究室を考えてみよう。Alexaによってあなたが享受できるメリットは、「正確な情報を得ることができる」ということである。実験において「情報が正確であること」は言わずもがな重要である。確信をもって提示できるデータほど、あなたの心を熱く揺さぶるものはない。
 しかしAIがアシストする実験というのは、研究者としての成長にはマイナスかもしれない。ひとつは「自分の頭を使って集中している状態」が減る可能性がある。Alexaがいるから、今日の実験のプロトコルを覚えるまで予習してくる必要はなくなる。バッファーに入れる試薬と順番も、Alexaに音楽を流してもらいながら「次は、何をどれだけいれるの?」と友達に話しかけるように訊いてみればよい。リラックスしながらする実験は、予想外に良い結果をもたらすかもしれない。しかしながら手順を覚えて全体像を把握しながらミスをしないように、という慎重で繊細な意識は実験だけではなく、「仕事」のやりかたとして何事にも必要とされる心得である。
 もうひとつは、誰かの失敗や苦難に対して精神的に寄り添うことが難しくなるということだ。本来、実験には失敗がつきものだが、Alexaのいう通りにしていれば、試薬を加え忘れることもない。そのため手順上のミスは減るだろう。しかし、実験における失敗の要因はプロセス以外に様々ある。そもそも実験者の腕が未熟だったり、仮説が間違っていたり、生物系だったら結果のゆらぎも当然あるだろう。そうした実験の失敗は、成果と時間としてのロスでもあるが、同時に、研究者や学生の精神をむしばむ原因になることも多い。実験がうまくいかず自信喪失し、一日休んで進捗が遅れ、負のスパイラルに陥り、研究室に来なくなる理系学生は少なくない。Alexaのおかげで手順上のミスは減ったとして、それが忍耐力や寛容さを失わせる可能性もあるのではないだろうか?教員が自分の失敗をひけらかしながら相手を説教したりモチベートしたりする必要は無論ない。しかしながら上手くいくことしか体験していなかったら、学生の失敗や苦難を理解するのは難しい。研究、特にアカデミアにおけるそれは「教育」も兼ね備えた環境であり、学生の成長や熱意を発散させることもミッションのひとつだ。
  
 実験がうまくいくに越したことはない。それによって科学の進展スピードは速くなるだろう。人間はこれまでにも、コンピュータに任せることのできる仕事は手放してきた。しかしこれが研究においてベターな状況と言えるのだろうか?バッファーに何をいれたかを忘れない集中力、細やかさは、研究者として持ち合わせているべき素養なのではなかろうか?ミスや失敗を体験することで作り上げられる忍耐力や共感力こそ、未知のものを生み出す研究という場に必要なコミュニケーションの要素ではなかろうか?
 
…それとも、そんなこともAlexaに聞いてみたら何か答えをくれるのかもしれない。
 
※本文中でリンクしているChemical and Engineering Newsの記事はリンク許可取得済みです。

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