免疫チェックポイントタンパク質PD-1の発見と産学連携―サイエンスビジネスが死の谷を超えるには

2018年10月1日、スウェーデンのカロリンスカ研究所は、今年のノーベル医学生理学賞に、「負の免疫制御の阻害によるがん治療の発見」の功績に対し、ジェームス・P・アリソン氏と本庶佑氏の2名を選出しました。

アリソン氏は、免疫システムを抑制する既知のタンパク質(CTLA-4)について研究し、いわば「クルマのハンドブレーキを下げる」形で免疫のブレーキを外すことによって腫瘍細胞を攻撃できる可能性を示しました。一方の本庶氏は、免疫細胞上に存在するタンパク質(PD-1)を発見。いわば「クルマのフットブレーキを緩める」形で免疫のブレーキを外すことによって腫瘍細胞を攻撃できる可能性を示し、これが免疫チェックポイント阻害薬誕生の端緒となりました。

図1 CTLA-4およびPD-1の作用機序

(ノーベル財団のプレスリリースより引用)

https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2018/press-release/

では、京都大学の本庶研究室と小野薬品工業とのPD-1に関する共同研究はどのようなことがきっかけで始まったのでしょうか。

PD-1は、1992年に本庶氏と同研究室の石田博士らによって発見されました。同氏がブレーキの原理を発表したのが1999年、抗PD-1抗体によるがん免疫療法の原理が開発されたのはPD-1発見から10年を経た2002年になってからのことでした。

当時、京都大学には研究成果の社会実装にかかるノウハウや体制が未整備だったことから、特許の共同出願先として声をかけたのが、別テーマでたまたま共同開発をおこなっていた小野薬品だったというわけです。

今でこそ、がんの新たな治療法としてのがん免疫療法が脚光を浴び、様々ながん種での臨床試験が行われるまでになっていますが、これまで「がん免疫療法」と呼ばれるものには、科学的なエビデンスに乏しい治療法が少なくありませんでした。PD-1特許の共同出願先として白羽の矢が立った小野薬品ではありましたが、当時はがん領域の経験に乏しく、自社単独での製品開発ができないという社内事情が壁となります。がん免疫療法に対する製薬各社の理解は芳しくなく、小野薬品は提携先に探しに難渋。さらに社内の評価も高くなかったことから、いったんは共同開発の構想そのものが保留となりました。

このような経緯を経て、本庶氏は自ら提携先に乗り出します。特許出願から1年後の2005年に、同じく免疫チェックポイント阻害薬での製品開発を目指していた米メダレックス社(後にブリストル・マイヤーズスクイブが買収)からアプローチがあり、同社と業務提携することによって、ようやく画期的新薬の死の谷を超えることができたのでした。

知識経営の生みの親で知られる野中郁次郎氏は、抗PD-1抗体医薬の誕生において、「個別具体の現実のなかで関係を構築する帰納法に加え、異質な関係性へとジャンプする『跳ぶ帰納法』が重要であった」とコメント。前述の「免疫のブレーキ」モデルは、これまで考えられてきた「免疫のアクセル」モデルとは真逆の発想であり、過去の先入観にとらわれた製薬各社にとっては理解の範疇を超えたものであったものと思われます。だからこそ、人々の理解と共感を得られるキーが必要でした。

実験を繰り返し行う仮説検証の中で生み出された「免疫のブレーキ」というメタファーは、優れたイノベーティブな発想への理解と共感を生み、大学と産業界、さらに新たな協業先やベンチャーキャピタルを巻き込むためには欠かせないキーであったと言えるでしょう。ライフサイエンス分野ではリテラシー(知識伝達)の部分ばかりが注目を集めがちですが、感情に訴えるインサイトの部分も併せて考慮しなければ、人の価値観や行動は容易には変わりません。サイエンス・ビジネスといえども、狭義のマーケティング戦略を避けて通ることができないのです。

シーズ開発をバイオスタートアップやアカデミアがおこない、のちに大手製薬企業に売却するという単純なビジネスモデルだけでは、ライフサイエンス分野の産学連携のベストプラクティスをカバーすることはできず、各ラウンドにおける資金調達も困難が予想されるでしょう。今年のノーベル医学生理学賞決定をきっかけに、医薬品開発に関連づけたライフサイエンス研究のイノベーションエコシステムを加速するためにあるべき姿を考えてみるのも良いのではないでしょうか。

参考文献
1. The Nobel Prize in Physiology or Medicine(The Nobel Prize)
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/
2. がん免疫療法:基礎研究から臨床応用にむけて(DBCLSライフサイエンス領域融合レビュー)
http://leading.lifesciencedb.jp/4-e005
3. 本庶佑ほか.PD-1に対し特異性を有する物質.再表03/011911
4. 小野薬品工業株式会社.ヒトPD-1に対し特異性を有する物質.再表2004/072286
5. ノーベル賞・本庶佑氏と小野薬品「がん薬物治療革命」までの苦闘15年(DIAMOND ONLINE)
https://diamond.jp/articles/-/181088
6. 野中郁次郎の成功の本質 vol.81 オプジーボ/小野薬品工業 日本発の新しい免疫薬ががん治療を一変させる
http://www.works-i.com/pdf/w133_seikou.pdf

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