「トポロジーは、『人間の知能・知性の本質に迫る幾何学』ではないでしょうか」
奈良女子大学において、数学研究と教育活動に20年以上携わってきた小林毅教授は、はにかみながらこう語る。

トポロジー(topology)は位相幾何学とも呼ばれる数学の一分野であり、簡単に説明をすると「図形の性質を考える学問」だ。トポロジーが一般的にイメージされる幾何学と異なるのは、図形の大きさや長さ、角度、曲率などといった定量的な側面に焦点を合せるのではなく、「定性的に図形の特徴を調べる」という点である。

「定性的」についてもう少し具体的に説明しよう。トポロジーで扱う図形は、ゴムや粘土のように伸び縮みする物質でできているとイメージしてほしい。トポロジーでは、ある図形と、それを伸び縮みさせて変形した図形を同じものとして扱う。そのため「図形Aのどこに穴があいているか」ではなく「図形Aには穴がいくつあるか」ということが重要になる。
具体例として有名なのは「ドーナツとマグカップ」だ。一見、ドーナツとマグカップは違った形に見えるが、ドーナツ状の三次元図形は、切ったり貼ったり穴を増やしたりすることなく、伸び縮みさせて形を変えるだけで取っ手つきのマグカップの形に変えられる。つまりトポロジーの世界のルールに則って考えると、ドーナツとマグカップは同じ図形であると見なすことができるのだ。

トポロジーは高校までの数学では扱われないため、大学でその名を初めて聞く人も多い分野である。さらにトポロジー特有の「変形させる」という操作は直感的に理解しづらく、多くの人々にとって「謎の深い分野」とみなされることが多い。この謎めいた研究領域が、「人間の知能・知性の本質に迫る学問である」と話す小林先生の真意とは一体―?

今回は数学を専攻する筆者が、小林先生からトポロジーに関する様々なお話を伺ってきた。

――そもそも、数学界において図形の連続的な変形が注目されるようになったのはなぜなのでしょうか?トポロジーの歴史的な背景から、お話を聞かせてください。

現代のトポロジーは1900年前後に発表されたポアンカレの論文に起源があり、比較的新しい数学と言えます。ポアンカレ以降、トポロジーの研究対象は時代ごとにダイナミックに変化をしているのですが、興味深いのは、数学者たち自身の興味に従ってトポロジーが発展を遂げてきたということです。

おっしゃる通り、トポロジーは「謎の深い分野」として捉えられることがあります。しかし、その内実は多くの方にとって馴染みのある手法で成り立っている分野でもあるのです。

例を挙げましょう。幾何学分野のひとつに「微分幾何学」という領域があります。微分幾何学では、物の形を理解する方法として微分や積分を使い、算出された曲率の違いなどから図形を識別します。つまり、球体のボールとひしゃげたボールは別のものとして区別されるわけです。トポロジーではその2つを同じものと見なしますから、一見、微分幾何学とトポローは対照的に感じられますよね。
しかし、1954年にミルナーという数学者が「エキゾチックな7次元球面」と呼ばれる空間の存在を示し、そこから「微分位相幾何学」と呼ばれる研究分野が確立されました。これは簡単に説明すると、トポロジーの手法を使って、その図形の微積分可能な構造を調べるという分野です。7次元球面と呼ばれる図形を考えたとき、同じ7次元の球面でも、微分の観点から見ると互いに滑らかに変形できない、微分構造の異なった球面が28種類もあるということがわかりました。直観的には何次元でも球面の微分構造はただ一つだけだと考えられていましたから、この結果はその当時、大きな驚きをもたらし、これを契機として、微分位相幾何学という分野が誕生したのです。

トポロジーは一見大雑把に見える図形の識別や分類を目指していますが、研究の手法的には代数でも微積分でも、使えるものはなんでも使うという自由な発想に基づく学問です。


――トポロジーの具体的な研究テーマにはどのようなものがあるのでしょうか?これまでの先生のご研究について教えていただけますか?

今は三次元空間の形に関する研究である、三次元多様体論というものを研究しています。二次元多様体というのは、球面やドーナツ、それから穴が2つあいた形などを指し、これを三次元に拡張すると形のバラエティーが二次元よりもずっと多くなります。2002年から2003年にかけてロシアのペレルマンという数学者が幾何化予想と呼ばれる問題を解決し、3次元多様体の分類に関して大きな進展がありましたが、依然として未知の部分があり、いまだに研究途上の分野です。

また、「結び目・絡み目理論」という、紐が結ばれてできる結び目や、幾つかの結び目が絡まってできる絡み目に関する研究もしています。結び目や絡み目はそれ自体が非常におもしろい研究対象ですが、数理物理や生物学など、他分野への応用があり、多くの研究者から注目されているテーマです。

私自身は、結び目絡み目の話と関連し、惑星の軌道が作る形などを研究する「位相的力学系」と呼ばれる分野の研究も行っています。そこから派生して、「結び目・絡み目理論に基づくドロドロした流体を効率良くかき混ぜる方法」の研究もしています。

またここ数年は、トポロジーの手法を用いて、ビッグデータなどを解析する「位相的データ解析(TDA)」という分野に興味を持っています。これまでは身近な問題とはあまり関わりがなかったトポロジーですが、最近ではこのTDAがガンなどの病理研究に応用されるなど、新たな展開の兆しが見えています。

参考
Center for Topology of Cancer Evolution and Heterogeneity
https://systemsbiology.columbia.edu/center-for-topology-of-cancer-evolution-and-heterogeneity
Network topology measures for identifying disease-gene association in breast cancer
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4965731/


――小林先生にとって、トポロジーの魅力とは何でしょうか?

トポロジーが人間の知能や知性の本質に触れうる幾何学である、ということです。なぜそう考えるかというと、トポロジーは物の形に対する人間の直感的な感覚を表現する手段の一つである、と感じるからです。

生活において、私たちは視覚を通して多くの情報を得ています。しかし、この過程でどのように情報が処理されているのかについては、実のところまだ完全には解明されていないのです。「幾何学的な形を理解して識別する」という視覚と知性の関係を探る上で、「形とは何か」を研究の軸としているトポロジーは、そういった人間の知性のはたらきを説明する力を有していると思います。

トポロジーの可能性に関する例を挙げるならば、今まさに話題のディープラーニングが良い例かもしれません。たとえば、猫の画像を見せて「これは猫だ」ということを機械に判定させたい場合、何万もの猫の画像データをもとに、機械は輪郭や色、目や鼻の位置などを点同士の集合として捉え、「猫の特徴らしきもの」という情報を蓄積します。

このようなディープラーニングは、非常に高い次元の空間のあいだの写像をいくつも合成してゆく仕組みとして考えることもできます。個人的な期待ではありますが、このような写像の特性を取り出す過程で位相幾何学が応用できるのではないかと考えています。

――多くの場面で応用され注目されるようになったら、トポロジーを学びたいと考える人も増えることと思います。現在数学を専門としていない人がトポロジーを理解するためには、一体何から勉強したらよいでしょうか。

他分野の研究に技術として応用しようと思うなら、自分で一からトポロジーを理解しようとするのではなく、トポロジー研究者のコミュニティーに問いを投げかける方が建設的かもしれません。しかし、トポロジーのコミュニティ側では、そういった他分野からのアプローチに積極的に応えようという姿勢がまだまだ発展途中であると感じます。 「この問題にトポロジーが使えるか?」と尋ねられたときに、その応用方法について十分に議論できる場所が育っていないからです。個人的には、このようなコミュニティーを育成する必要があると考えていますとは言え、これはトポロジーだけの問題ではないのかもしれませんね。数学という学問分野全体が社会とのつながりをもっと強固にできれば、そして多くの人にとって数学がもっと身近なものになれば、良質な学びの環境は自然と育っていくのではないかと思っています。

――先ほどお話しくださった「トポロジーは人間の知能や知性に触れうる幾何学だ」ということについて、もう少し詳しく伺いたいと思います。小林先生がこのようにお考えになったのは、なぜなのでしょうか?

私は「音楽と数学は楽しみ方が似ている」と常日頃から感じています。中でも、トポロジーは特に音楽に近いかもしれません。というのは、直感やひらめきのような「人間ならではの力」を使うという点が、音楽と数学およびトポロジーに共通すると考えるからです。

音楽が創られるとき、「形になっていない内的な感情や感覚を音という形に置き換える」というはたらきがなされています。このように、抽象的なものに形を与えて思考しアウトプットをするという知性を、人間は生まれながらにして授かっています。「形」というものを用いて、目に見えないものを分析する―トポロジーがテーマとしているのはまさにそういうことです。そもそも、「形」とは何なのか?どのようにして人は内的に存在するその形を形として認識し、他人と共有できるのか?そう考えると、トポロジーはまさに、人が人であるからこそ取り組むことのできる研究であると感じます。

また、「楽しむ」という点も、音楽と数学の共通点と言えるでしょう。「音楽(数学)っていいなあ」と感じる感覚や、自分で楽器をマスターし、好きな音を奏でる面白さは、数式を使いこなして他分野の課題に数学を応用できる面白さと似ています。そして、音楽や数学は世界の共通言語です。ゆえに、それらを通して世界中の人と交わることもできれば、文化や歴史の側面からそれらを追究することもできます。そして、新しいリズムを一つ、数式を一つ知るたびに、その人にとっての既存の世界は変化します。こうした悦びも、人が人であるからこそ味わえる楽しみのひとつです。だから私は、音楽や数学、そしてトポロジーを人の本質そのものに触れうる営みだと考えます。
 

***

数学は、ただの数字の羅列やよくわからない記号の集まりでは決してなく、私たち人間の世界の捉え方を記述することのできる、非常にパワフルな学問なのだな、と、インタビューを通して強く感じました。さらに、トポロジーの目的と手段についてより深く知ることができたことで、「人間らしさを記述する」という数学の新たな可能性を見た気がします。

そして、そんな数学を「楽しむ」機会が与えられた、今の幸せを噛み締めながら、これからの研究に取り組んでいきたいと思います。