どっちがブーバでどっちがキキ?

 

突然ですが、下の2つの図形を見て「どちらかにブーバ、どちらかにキキと名付けてください」と言われたら、みなさんはどちらにブーバ、どちらにキキと名付けますか?

 

おそらく、多くの方が右のむにゃむにゃした図形に「ブーバ」、左のトゲトゲした図形に「キキ」と名付けたのではないでしょうか。

これは文字通り「ブーバキキ実験」という有名な実験で、音声が物の形の印象とどのように紐づくかを調べたものです。このように音声と形態や印象が関連する現象を「音象徴」と呼びます。

この音象徴、実は日常の至るところに潜み、わたしたちが様々なものから受ける印象を大きく左右しているのです。そんな不思議な現象をとてもわかりやすく解説し、初学者にも親切に音声学(=『「音」を「科学」する学問』)への門戸をひらいてくれる書籍が出版されました。

 

川原繁人著『「あ」は「い」より大きい!?音声学で学ぶ音象徴』(ひつじ書房)

 

 

音声学を「楽しく」学びたい人必見

 

音声学は言語学の下位カテゴリに分類され、一見すると文系の学問であるかのように思われます。しかし、実際に音声学を学ぶとなると、三角関数やフーリエ変換などなど、理系の知識を学ぶことは避けて通れません。そんな音声学について、著者である川原繁人氏(慶應義塾大学准教授)は本文内で

音象徴を題材に、「音声学」をできるだけ簡単に解説することを目指します

「難しいと思ってしまうかもしれない音声学も楽しく学ぶことができる!」ということを広めるために書かれたのがこちらの本です

と述べます。

川原氏の研究の魅力は、その研究材料のユニークさにあります。本書ではなんと秋葉原のメイドさんの名前から、赤ちゃん用オムツの名前まで、私たちの日常にあるものを題材にして音象徴が解説されています。

本の帯にもある通り、ツンツン系メイドと萌系メイド、どちらが「ワマナちゃん」でどちらが「サタカちゃん」だと思いますか?実はこのメイドさんたちの名前、音象徴と深いつながりがあるのです。

著者の狙いは、わたしたちにとって親しみやすいテーマを材料とすることで音声学をより身近なものにしようというところにあります。

 

「なぜ」を考える大切さ―仕組みを知れば学問はもっと面白くなる

 

本著の大きな特徴は、音声に関する「なぜ」を軸とした議論が豊富に展開されている点です。実際、「なぜ口腔内はそのような動き方をするのか?」「なぜこの言葉はこのような音としてあらわれるのか?」というように、川原氏は「なぜ」「どうして」という言葉を多く本文内で用います。

通常、大学で学ぶ音声学では「理由はともかくこれこれを暗記せよ」と理論を一方的に押し付けられることも多く、川原氏はそうした教育方法に対して批判的な姿勢をとります。「暗記して覚える」のではなく、「音声がこのように振る舞うのは、人間にとってそれが最も合理的だからである。なぜなら……」と、ひとつひとつ段階を踏みつつ科学的な根拠を基に音声の謎を丁寧に紐解いていくのが川原流音声学です。

たとえば、ライオンが敵を威嚇をするときに発する音声が「ガオー!」と表される理由と、人が怒るときに発する音声が「コラー!」である理由には、ある共通点があります。そう、よく聞いてみると、この2つは両方共/a/と/o/という母音によって構成されているのです。ではなぜ/a/や/o/が攻撃的な音声に用いられるのでしょうか?詳細は、書籍でぜひご確認ください。

このように、本書で取り上げられる音象徴及び音声学は、一見すると見落としてしまいそうな、しかし追求をすると大変興味深い共通項を見つけられる事例が豊富に挙げられています。

「面白い」と感じられてこそ学問!という著者のモットーに触れられる一冊と言えるでしょう。

 

「感覚」は「認識」を左右する

 

皆さんは「共感覚」という言葉をご存知でしょうか。これは、ある感覚と別の感覚が結びつく現象のことで、例えば音に匂いを感じたり、文字に色を感じたりする人々が実際に存在します。また、『ぼくには数字が風景に見える』の著者であり、映画『レインマン』のモデルでもあるダニエル・タメット氏(1から10000までのすべての数字それぞれに形や色、感情を感じ、その印象を文章や芸術作品として表現する活動を行っている)のように、非常に繊細で鋭敏な共感覚を自身のライフワークに活かしている例もあります。

このように聞くと「共感覚」はとてつもない能力であるかのように感じますが、実際にわたしたちも「音」である「ブーバ」と「キキ」に「形の違い」を感じることができます。似た例としてもうひとつ、大きさが異なる2つの机があり、大きい方と小さい方、どちらかに/mal/、どちらかに/mil/と名付けてください、と言われたら、どちらにどちらの名前を付けるでしょうか?

本文内で紹介されている通り、こうした問いに対して、多くの人が回答においてある傾向を示します。それは人間が根本的にある感覚を別の感覚と関連付けながら物事を認識していることの証左ではないでしょうか。また、本来であれば音は手に触ることはおろか目に見えることもないのに、全く関係のない「音」と「触感」の2つが結びついている現象に対して、わたしたちはなんとなく「わかる気がする」という納得感を覚えます。「人がモノを認識する」という営みは無意識的であるからこそ、その裏側にどのような仕組みが働いているのか?なぜ直感が認識にそのような影響をもたらすのか?と考え理解することは、わたしたち自身をより深く知ることでもあります。

本書と音象徴というテーマを通して、皆さんもぜひ「感じること」の仕組みの面白さに触れてみてはいかがでしょうか?