指導教員「じゃあこの国際会議に論文を投稿してみようか」

突然降ってきた英語論文執筆の機会。誰しも最初は苦労しますよね。執筆の上で「何に気をつけるべきか」が見当もつかず、とりあえず自分の知っている表現で書いてみたものの、

指導教員「うーん、これは理系の文章になっていないね」

と一蹴。こんな経験がある方も多いのではないでしょうか。理系の英語、理系の文章ってなんだろう。何に気をつけて書き進めればいいのだろう。英語表現のテクニックについては色々な文法書がありますが、理系英語の根本的なルールを学べる本は意外と少ないですよね。基礎的な文法書や科学論文用の構文集など、色々と参考書を探していると、面白そうな新刊が出ていました。ブルーバックスの『理系のための「実戦英語力」習得法』です!著者の志村史夫さんはアメリカの大学で教授を務めていたこともあり、英語による書籍や論文の執筆、または査読者としての経験もある方です。その豊富な経験を活かし、様々なエピソードを交えながら理系英語の文法を学べる、楽しい一冊です。

こちらの本では、理系の英語文章を書く上で陥りやすいミスや、暗黙のルールについて1つ1つ事例を挙げながら詳細に紹介されています。執筆の上での心構えや誤用による失敗談など、なぜそのように書くことが必要なのか? という理由が楽しく学べる一冊になっています。私も大学院生として年に数度は英語論文を書いていますが、こちらの本を読んで沢山の学びがありました。この記事では私の視点から見たこの本の魅力についてちょっとだけ紹介しちゃいます!

理系英語に”味”はいらない

読んでいくと非常に勇気づけられる記述を発見。それは「文系英語よりも理系英語のほうが執筆は簡単」ということです。朗報ですが、これはなぜでしょうか? 理系の文章を書く上での鉄則は、「シンプルに書くこと」です。事実を淡々と書いていき、誤解を生まない文章を作るのが理想です。具体的には以下のようなポイントがあります。

(1)論理が明快であること
(2)文意が一義的である(誤解の余地がない)こと
(3)専門用語以外は日常用語を用い、なるべく短い文で構成されていること
(4)事実と推測、自分の意見と他人(一般)の意見が明確に区別されていること 

  (以上4つは本文より引用)

簡潔で、なおかつ誰が読んでも同じ意味が伝わることが理系文章の条件です。日常会話の英語は「ユーモア」に溢れた表現が好まれますが、理系文章で笑いを取っている暇はありません(笑)。例としてサイエンスニュース記事の書き出しを1つ読んでみましょう。

Certain skin-dwelling microbes may be anticancer superheroes, reining in uncontrolled cell growth.  ーScienceNews https://www.sciencenews.org/article/human-skin-bacteria-have-cancer-fighting-powers?mode=topic&context=49 より』

淡々と発見について述べている、という印象の文ですね。一方で文系の文章はどうでしょうか? 例としてコナン・ドイルの代表作「シャーロック・ホームズシリーズ」における冒頭文を見てみましょう。

“It can’t hurt now,” was Mr. Sherlock Holmes’s comment when, for the tenth time in as many years, I asked his leave to reveal the following narrative.  ーシャーロック・ホームズの事件簿 高名な依頼人 より抜粋』

いかがでしょうか。いきなり「It can’t hurt now (もう大丈夫だ)」と意味深な始まりです。小説ですから読み手に状況を「考えさせる」ことで没入感を与えています。これは小説の“味”であり、娯楽として作られた文章特有のものと言えるでしょう。一方で、理系英語は読んで楽しむものではありません。事実を論理的に、正確に書いていけばそれでよいのです。表現のセンスが命である文系英語と比べると、多少は楽そうだと思いませんか?

意外と知らない?理系英語のルール ~受動態の使い方を例に~

英文の構造として受動態と能動態がありますが、英語論文においては一人称の「I」や「We」を使った能動態の文をなるべく避ける傾向にあることをご存じでしょうか?意味が同じならどちらでもいいじゃないか、と思う方もいるでしょう。本文では以下のように説明されていました。

『現象や観察結果や事実を、主観を交えず客観的に述べることを使命とする理系英語においては、主語をできる限り “非個人的(impersonal)”にする傾向がある。ー本文より 』

事実に従って論文を書こうとすれば、あなた自身が行ったことについて述べるとき、一人称の「I」や「We」を使って文章を書いてしまいがちですよね。しかし研究論文の場合、その結果は第三者によって再現可能であるような普遍性が重要となるため、客観的表現である受動態で書くことが望ましいことが多いのです。以下の例で確認してみましょう。

(a) We examined the soil and found it contained dioxin.

(b) The soil was examined and was found to contain dioxin. (以上、本文より引用)

(a)の文だとどうしても主観的で、普遍性が担保されていない物言いに見えてしまいますよね。英語論文執筆においては(b)の文章がより好ましい表現だと言えるでしょう。ただし、最近では読み手を含んだ意味での「We」が使われる場合もあるようです。しかし「I(Ich)」を使って書かれた論文は著者の志村さん曰くアインシュタインくらいのものらしいです。アインシュタインにとっては論文など個人ブログのようなものだった、ということでしょうか(笑)。

日本人特有の”落とし穴”

非常に興味深い記述がありました。それは「日本語⇔英語間の翻訳は避けるべき」というものです。初めての英語論文執筆に際して、「いったん日本語で本文を書き、それを元に英語化する」という手法で書く人は多いのではないでしょうか。一見妥当な手順のように思えますが、意外な落とし穴があります。それは言語間の文法構造の違いです。たとえば、次の英文を和訳することを考えてみてください。

『Silicon, which has been and will be the dominant material in the semiconductor industry, will carry us into the ultra-large-scale integration(ULSI)era. ー本文より引用』

こちらの文章では「Silicon」に対して関係代名詞による情報付加がされていますね。専門的な物質,現象を扱うことが多い理系英語ではこのような文章構造はひんぱんに見られます。しかし、和訳してみるとどうでしょうか。1文にまとめようとすれば「半導体産業において主たる原料であるシリコンは~」などのように頭でっかちな主語を置くことになりますよね。また、「which has been and will be」の「いままでも、そしてこれからも」というニュアンスを綺麗に和訳するのは至難の業でしょう。理系文章としては2文に分けたほうが無難だと考えられます。

このように、英語では無理なく1文に収まっていたものが、日本語に訳した途端にいびつな文章となってしまうことがあるのです。これは文法が違うのでむしろ当たり前のことです。逆に言えば、日本語の文章を英語に直訳する、という行為は日本語のルールに沿って英文を考えることになるので、英語特有の言い回しを忘れがちになります。英語論文執筆の際には、日本語は内容のメモ書き程度に留めておき、文章は直接英語で書くべきでしょう。

また、言語構造の違いだけでなく、謙虚な振る舞いを良しとする日本の文化が英語論文としてのクオリティに悪影響を及ぼす例もあるようです。控え目な物言いに慣れているせいか、「~のようだ」「~の可能性がある」のように断言できず、曖昧な表現が増えてしまう傾向にあるようです。特に顕著な例は以下のような表現です。

・〜may be possible
・〜seems that ... could be possible
・〜is supposed ... in some cases (以上、本文より引用)

これらの表現は二重に確度を下げる表現が含まれており、論文としては非常に弱々しい主張であるとの印象を与えてしまいます。このように日本人としての言語、文化が英語論文執筆に与える影響は大きいものです。日本文化に染まった頭を切り替えて執筆に取り組むべきでしょう。

語句を調べるときは英英辞典で!

本文中で繰り返し強調されているのは、「語句の意味を調べるときは英和辞典ではなく英英辞典を使おう!」というメッセージです。英和辞典はあくまで英語の単語に相当する日本語をまとめているものですから、厳密に同じ意味の単語が並んでいるわけではありません。ネイティブの感覚に寄り添った文章を書くなら断然、英英辞典を使うべきですし、なにより勉強になります。

英英辞典を実際に使ってみます。「〇〇が大きな影響を与えている」という表現を書きたいとしましょう。実験結果の考察などでよく出てくる表現ですよね。この場合の「大きな」に相当する単語は何を使うべきでしょうか。オンラインの英英辞典として紹介されているCOBUILD英英辞典( https://www.collinsdictionary.com/ )を使って調べてみましょう。「大きな」という意味の単語ですから、ひとまず「big」で調べてみると以下の説明文が見つかりました。

「big」の意味を考えたとき、「(物質的な)大きさ」を表すことが大半ですが、英英辞典を読むと「great in degree, extent, or importance」とあるので「物事の重要さ、重大さ」を表現するときにも使われるみたいです。ならば先の例文において「大きな影響」は「big effect」と書いても問題なさそうですが、どうにもしっくりこないですね(このように書いている論文もあります)。ここで上の画像をよく見ると、Synonyms(類語)が載っています。「important」や「significant」はしっくりきそうですね。続いて「significant」の意味を見てみましょう。

説明文を読むに、明らかに「effect」との相性が良さそうです。このように、意図した表現に合致する英単語を英英辞典から探すことができました。英英辞典は単語の意味に関してネイティブの感覚そのものが記述されていると言えるでしょう。

おわりに

いかがだったでしょうか? この記事で紹介した内容はこの本の一部の内容に過ぎません。一読すれば、自分の書いた文章の「理系英語としての質」を見抜く素養が身につくと思います。ただし、本文中にも明記されていますが、「すぐに英語論文を書けるようになる」ことはありません。一方で、読んですぐ自分の論文執筆に役立つこともあります。私はちょうどこの本を読んで、とある国際会議への投稿論文を書き上げました。そのときは一見遠回りのような英英辞典の使用が文中の表現に自信を与えてくれましたし、一文一文を短く、簡潔に書くことを意識するだけでもすっきりした内容に仕上げることができました。また、論文を書き上げるには自分が書いた文章に対して、「ここがおかしい」「こっちの表現のほうがよい」などの評価基準をもってないと進みませんよね。その評価基準の大枠を、読み物として楽しく教えてくれる本だと思います。いきなり全てを吸収できなくても、執筆の際にお手元に置いておけば備忘録として大いに役立つはずです。また、そうやって悩んで書き上げた文章は、後にまた論文を書くときには最高の表現集としてあなたを助けてくれることでしょう。