近年「人工知能」に関する話題に事欠かない。猫の画像認識が可能になったかと思えば、記事や小説を書くAIが登場し、Google DeepMindによって開発されたAlphaGoは囲碁の世界チャンピオンを負かした。かつてSF小説上で展開された虚構が現実のものとなりつつある今、人工知能が私たちの生活にもたらす未来を、希望や危機感や憂いを混じえながら想像したりする。

様々な可能性を秘めた人工知能だが、その技術を駆使した製品やサービスへの発展に寄与すると点で、工業的産業的な印象を持つ人も多いのではないだろうか。しかし、自然科学における現象の理解を目指す基礎研究の分野でも用いられつつある。

東京大学大学院薬学研究科の修士課程に在籍する高夢璇さんは、人工知能を用いて薬物の副作用を予測する研究を行っている。昨年12月、高さんと池谷裕二教授らの研究グループは、ヒトでの薬物のけいれん誘発作用をマウス脳スライスの実験データ画像から予測することに成功した。研究成果は、Journal of Pharmacological Sciences誌(1月28日オンライン版)に掲載されている。

今回は、脳の研究者を目指す現役大学院生の高夢璇さんに話を聞いた。

デジモンが好きだった 高校2年生で日本に留学

ーーご出身は中国とのことですが、日本に来たのはいつですか?

高校2年生のときです。私は中国では中高一貫校にかよっていて、日本語が学べるコースに在籍していました。デジモンが好きで日本の文化を現地で学びたいと思い、高2の1年間は立命館高校に留学していました。最初に京都駅についた時、日本語しか聞こえてこなくて孤独感でいっぱいになったのを覚えています。初めは不安でしたが、日本で友だちが出来たのと、実際に住んでみて中国との違いが面白かったので大学でまた戻ってきたいと感じました。

ーー中国と日本で違うと感じたのはどういったところですか?

私が通った立命館高校は大学までエスカレーター式だったので、勉強面でかなりゆったりしていました。中国ではもっと成績の競争が激しかったので、行事や部活が多いのに驚いたのを覚えています。時事的な話題のメディアでの取り上げ方も違っていて、中国のニュースだけでなく、日本のニュースも見るようになり物事を多角的に捉えられるようになったと思います。

ーー高3で中国に戻られてから東大を受験されています。東大を志した理由は何でしょうか?

中国にも優れた教育機関はたくさんありますが、東大の充実した研究設備や一流の教授陣に魅かれました。中国の高校は6月卒業なので、翌年の4月に東大の*理科2類に進学しました。

* 東大の一般入試は募集枠が文科一類から理科三類までの6つの科類に分けられている。理科2類は主に農学部、薬学部、理学部や工学部の生物・化学系の学科に進学したい人が所属する。

有機化学から脳研究へ 

ーー理科2類ということは、もともと生物や脳の研究に興味があったのでしょうか?

いえ、もともと物理と化学を中心に勉強していて、生物系のことはあまりやっていませんでした。脳のことも全然知らなくて。有機化学が好きだったので薬学部で化学合成などをしたいと思っていました。しかし3年生の時に受けた池谷裕二先生の薬理の授業で脳の面白さに感銘を受けて、池谷先生の研究室を志望しました。

ーー池谷先生の研究室に配属されてから、人工知能を用いて副作用の有無を予測する研究をされています。どのような研究なのか簡単に教えてください。

医薬品の研究開発では、ヒトを対象とする臨床試験の前段階として、前臨床試験による安全性の確認がされるのですが、この段階で中枢神経系に対する副作用を予測することは困難です。副作用でけいれんを引き起こすことが報告されている薬物がいくつかあるのですが、どういった薬物が副作用をおこすのかを事前に予測することは困難でした。そこで、マウスの脳スライス標本に、さまざまな薬物を適用し、神経活動の様子を画像ファイルに変換してディープラーニングに判別させることで、観察された変化がけいれんを誘発する副作用と一致するかを比較しました。その結果、調べた16種の薬物すべてについて、副作用の有無を正確に予測できることがわかりました。

ーー中枢神経系に対する副作用を予測することはなぜ難しいのでしょうか?

頭のなかで起こっていることなので、例えば幻覚が見えていたとしてもそれを確認したりは極めて困難です。肝臓や腎臓といった臓器へのダメージと違って定量化して分析したりといったことも出来ないので。

ーーなるほど、人間でも他人の幻覚は見えませんし、ましてやマウスは喋りませんから中枢神経にどんな作用が及ぼされているかわかりませんよね、、。ちなみにマウスの脳切片を使われていますが、人とマウスの脳は似ているのでしょうか?

もちろん大きさは全然違うものの、基本的な構造はかなり似ています。小さくても意外と複雑にできていて性質もとても近いので、実験ではよく使われます。

脳を理解することは人間を理解すること

ーーなるほど。マウスの脳の神経活動の様子を画像化する、というのはわかるのですが、これをディープラーニングにかけて判別させるというやり方に行き着いたのはどうしてですか?

実ははじめは分析手法を色々試しながら研究を進めていました。たとえばB4のある時期は神経活動の波形の高さを測って分析を行っていたのですが、ノイズが入りやすく行き詰まっていました。薬物の濃度も変えて実験するのですが、濃度が薄いと解析した際ノイズが目立つので精度にばらつきがありました。M1にあがって4月か5月ぐらいに池谷先生から機械学習の手法を提案されて取りかかりはじめました。

ーー機械学習を用いたことでどんなメリットがありましたか?

大量にデータを蓄積することで解析の確度も精度もかなりあがりました。機械が判断してくれるので人のバイアスがかからないのもメリットの1つだと思います。この研究では16種の薬物を調べたのですが、すべてについて、副作用の有無を正確に予測できました。

ーーなるほど、新しい実験系としても期待ができそうですね。高さんは、脳の研究の面白いところはどこだと思いますか?

大きな質問ですね(笑)うーん、私もまだまだ勉強中なのですが、脳を理解するということは、人間、自分自身を理解することだと思います。たとえば自閉症とか精神レベルの違いは脳の細胞レベルの差異に謎が隠されているのですがわかっていないことがたくさんあります。

ーー高さんの将来の夢はなんでしょうか?
脳の研究者になって、脳の可塑性の研究をしたいです。いま興味をもっていることとして、新しいことを勉強するとシナプスの繋がりが強くなるのですが学習障害がある病気だとこれが起きない。そのシナプス同士の反応についてin vitro(試験管内での実験)で観察して研究していきたいです。

ーー学生に向けて、なにかアドバイスはありますか?

大学とは自分探しの時期だと思います。高校では勉強だけしてればよかったですが、大学は色んな人が色んなところで活躍しています。沢山のものに触れて自分が一番好きだと思いものを見つけるといいと思います。私も4年前は脳の研究をするなんて考えてもいませんでしたし、就職した方がいいのではないかと考えていた時期もありました。でもみんな生き方が違って、何かを選んでから変えることだってあります。失敗を怖がらずに色んなものに挑戦して下さい。