今年も暑い夏がやってきた。外では短命のセミが、彼らなりの音楽を奏でている。

夏といえば、海水浴、花火、そして夏祭り。どれもこれも彼女のいない僕にはほとんど無縁なイベントである。

僕の今年の夏の予定も、例年通り研究だ。愛しの炭素が僕のことを呼んでいるのだ。それに研究室に行けば、だれかしら僕と同じ境遇にいるので、さみしさを払拭できる。

しかし、なにも全く興味がないというわけではない。むしろ、万が一のために、筋トレをして体を鍛えていったり、花火大会の日程を調べたりしている。

そう、すべてはいつかくるであろう女の子とのデートのために。

真夏の妄想デート―夏祭り編―

今日は待ちに待った研究室の先輩との夏祭りデート。院試勉強を手伝ってもらったお礼に何かしたいという話になって、夏祭りに行くことになった。

今日の僕の格好は、いつものチェックシャツとは違って、この日のために買ったシャツにジーンズ、そしてアルファベットの一文字が側面に書かれているスニーカーを履いている。少しお洒落なお店の店員さんにすすめられたものだから、まず間違いはないだろう。

それにしても暑い。夕方だっていうのにこの得体のしれない暑さは、普段測定器を冷やすためにガンガンと冷房がかかっている研究室にしかいない僕には不慣れなものだ。まだよく外に遊びに行ってた小学生の時は、こんなに暑くなかった印象がある。オゾン層が徐々に破壊されていることを身をもって知った。

「お待たせ!」

浴衣を着た先輩が向こうから小走りで走ってきた。なぜだろうか、いつもより可愛く見えるのは。顔や体形が特に変わったわけではないのに、普段よりも可愛く見える。実に論理的ではない。これは錯視なのか。

ふと、某掲示板のスレで見た”浴衣マジック”という言葉を思い出す。なるほど、論理的に証明できないということであるならば、マジックという言葉で片づけるほかない。

「さあ、行こう!」

僕が考えていることに全く気付かず、先輩は歩き始めた。僕は先輩の少し後ろを歩きながら、一緒に夏祭り会場へ向かった。

研究の進捗状況を話しながら10分くらい歩き、祭り会場に到着する。目の前の一本道の両端には、食べ物や射的、くじといった屋台が 並んでいる。

「わー、屋台たくさんだね!祭りって感じだね!」

先輩はそういって周りにある屋台を嬉しそうに眺めている。当たり前のこと言われてるのになんでだろう、とてつもなく萌える。ゼミの時の冷静沈着にプレゼン発表を行う先輩とは、まるで別人じゃないかというくらい無邪気な姿だ。

二人でいろいろな屋台を見ながら歩いていたら、先輩が声をかけてきた。

「ねえ、君は金魚すくい得意?」

金魚すくいは小学生以来やったことがない。しかしながら、先輩にこういわれてしまってはどうにしかしてでも捕りたい、僕は縦に首を振り、おじちゃんにお金を払ってポイを貰った。

一端の研究者として、まずはいくつ捕れている人と捕れていない人の様子を観察し、その結果を基にどうすれば捕れる確率が最大限に上がるか考察する。どうやら、入射角15°以下でポイを水中にいれ、水を切りながら器に入れていくとポイに与えるダメージが少なく紙が破れない。さらに、金魚は水の流れに逆らって泳ぐので、流れとは逆にすくい上げ、尾びれを外すとよさそうだ。そういう結論に達した僕は、ポイを慎重に金魚に近づけ、見事すくうことに成功した。

「すごいね、良く捕れたね」

研究で培った考え方はこういったことでも生かせるのか。中々応用性に富んでいる。先輩が見せた屈託のない笑顔に魅せつけられながら、僕は理系であることを喜んだ。

 屋台が並んだ一本道を過ぎたら、少し大きな広場にでた。会場の真ん中では太鼓がなっている。力強そうなおじさんが太鼓をたたく。振幅が大きく振動数が少ないせいか、太鼓の音は大きく、そして低い音だ。その低い音が空気を媒介として、僕たちのところまで伝わってくる。帰り道などでたまに聞くときは単純に大きな音という印象だったのに、今は不思議とこの振動が心地よく感じる。いよいよ自分も夏祭りなるものを心から、楽しめるようになったのか。

「もうすぐ花火だね、場所取りに行かないと」

僕と先輩は一緒に花火が良く見える場所に向かった。いよいよ夏祭りのフィナーレがやってくる。

ドーン。ドーン。

花火が始まった。赤・青・緑と、美しい色をした花火が空を舞う。 アルミニウム、炭酸ストロンチウム、硝酸バリウム。花火は彼らの炎色反応を利用して色を変える。この世に生まれてきてくれてありがとう。僕は花火の原料として使われる彼らに心の中でお礼を言った。

「たーまやー」

隣に座った先輩がぼそっと僕に聞こえるくらいの声で言う。

ドーン(どーん)。ドーン(どーん)。

花火の音と僕の心臓音が共鳴した。どうやら花火の音と僕の心臓音の固有振動数は同じらしい。そんな訳の分からないことを考えてしまうのも無理はない。僕は今、ムーアの法則なんて非じゃないくらいの速さで先輩を好きになっていっている。

そして何を隠そう、僕はその先輩と肩が触れ合いそうな距離にいる。

近付いてみるか。

僕は平然を装って徐々に先輩との距離を縮めようとするものの、決して触れ合うことができない。どうしてもあと一歩のところで、勇気を出せなくなってしまうのだ。心の中でそんな葛藤をしていたら、花火が終わり、帰る時間になった。

二人で花火の感想を述べながら駅に向かって歩く。結果が出ない時のゼミでの発表時間は過ぎるのは遅いくせに、こういう時間は過ぎるのはとことん早い。僕はアインシュタインを尊敬してやまないが、この時ばかりは彼が提唱した相対性理論を恨んだ。

「今日は楽しかった!ありがとう!」

先輩はそういって改札の中へと姿を消していこうとした。

まってください。僕は先輩のこと好きなんです。

頭の中では文章としてできあがっているのに、草食系男子である僕はそれを声に出すことができない。夏の思い出とは美しく、そして儚い。駅の人ごみの中に消えていく先輩の後ろ姿をみて、ただただそう思い、虚無感に駆られていた。

という妄想で、今年の夏はなんとか乗り切ろうと思う。僕の妄想に付き合ってくれた読者の方々には心からお礼を申し上げたい。