ブレインマシンインターフェイス(BMI)とは?

ブレインマシンインターフェイスと呼ばれる、脳が発する電気信号を処理して外部機器と直結し、情報のやり取りを可能にする技術分野がある。神経科学、情報学、信号処理の技術などを組み合わせた学際的な領域で、この技術を使うと頭皮から検出した脳波を利用してロボットやコンピューターを動かしたり、処理した信号をフィードバックして脳に再学習させたりすることができる。

今回は東京農工大学で生体信号情報学の研究室を持つ田中聡久准教授にブレインマシンインターフェイス研究の魅力を聞いた。

理論研究から生体への応用へ BMIとの出会い

ーーまず、どのようなきっかけで現在のご専門の信号処理、なかでも生体への応用に取り組むようになったのでしょうか?

実は生体の信号を扱うようになったのは、大学院を出て、理化学研究所(理研)で研究するようになってからなんです。それまでは電気電子工学の分野で信号処理の理論やアルゴリズムを研究していました。

学部の卒業研究では手書き文字の認識、今盛り上がっている画像認識の走りのようなことをしていました。修士に入ってからは画像圧縮技術を扱って、修士1年の間に短期留学で韓国の大学へ行ったんです。そこでたくさんの博士課程の学生と一緒に研究したのがきっかけで博士への進学を決意しました。最初は学部卒就職するつもりでいたんですけどね。

博士号を取ったら民間就職、と考えていたんですが、ちょうど理研から脳の信号処理に関する公募が出ていて。そこでも理論的な研究が中心だったので、今の大学で研究室を持つ以前は数式を相手にする研究者でした。

農工大の教員になって学生を受け持つようになって応用研究も扱うようになりました。最初は画像処理をしていたんですが、ワクワクするような高揚感が感じられずすぐにやめて、ちょうど外部からの研究資金で買えるくらいの脳波計(正確には生体信号アンプ)を見つけて買ったのがきっかけで脳の研究に取り組むようになったんです。

最初の方は脳波で楽器の操作をすることを目指して研究しました。僕は昔から音楽が好きで今でもビオラを弾くんですが、研究でもなにか音楽に関わることができたらいいと思って。

田中先生が最初に購入した脳波を計る生体信号アンプ

ーー楽器は演奏できたんですか?

これがまったくうまくいかなかったんです。被験者の頭皮にセンサーをつけて何か運動することを想像したときの脳波をとるんですが、最初は門外漢だったので得られた波形を見てもどの部分が意味のある信号でどこまでがノイズなのかわからない。脳波の電圧は10μV程度とかなり小さいですから。センサーのつけ方なども経験によるところが大きくて、解析も波形の見方の勘所が身につくまで時間がかかりました。結局、脳波計を買ってから研究室で最初の論文をジャーナルに出すまでに5年かかりました。

ーー結構時間がかかったのですね。

時間はかかりましたが、逆に言うと「5年あれば研究はある程度のところまで形になる」とわかったということでもあります。その意味では大学院の修士・博士合わせて5年というのも理にかなったことなのかもしれません。

エンジニアリングとサイエンスのあいだ

ーー現在まで田中先生の研究室ではどのような技術に取り組まれてきたのでしょうか?

最初にうまくいった研究はすごく地道なものでしたね。運動を想像したときに脳の特定の領域、特定の周波数の信号で神経活動が不活発になるんですが、その周波数帯は人によって差があるんです。それを自動で特定するアルゴリズムを学生と一緒に開発しました。その学生はこのテーマで現在別の大学で助教をしています。

やはりエンジニアリングというのはサイエンスに比べて地味なところが多いです。たとえば画面上でピカピカと点滅する部分を見ている時、脳波を調べるとと活発/不活発の変化の周期が画面上の点滅の周期と同じになることが知られています。こういったサイエンス的な発見はインパクトも大きいですが、それを利用して信号を抽出し、外部機器を操作するところまで持っていくのは非常に地味で労力が要ります。それでも生体を扱う研究者で信号処理にも長けている人は多くないので、そこはうちの強みだと思っています。現に視覚刺激情報のデコーディング(解読)は世界に通用するレベルだと思っています。

一番新しいのは音に関するものなのですが、被験者が想像しているリズムを脳波から取り出すことに成功して、論文を投稿中です。旋律となると飛躍的に難しくなるのですが、リズムに関してはメトロノームのクリックに対して二拍子を取っているのか三拍子を取っているのかなどを検出できるようになっています。結局は音楽に関係するところに戻ってきましたね。

ブレインマシンインターフェイスのめざすもの

ーー今後、ブレインマシンインターフェイスはどのような目標に向かって発展していくのでしょうか?

この分野の大きなゴールは2つあって、まずひとつ目は脳の信号を取り出して外部機器を操作すること。ALS(筋萎縮性側索硬化症:運動神経系が少しずつ障害される疾患)などで体を動かせなくなった人と、脳波を介してコミュニケーションをとることなどがこれにあたります。

ーー筋電義手など、筋肉の電気信号を扱った技術とはどのような違いがあるのですか?

筋電で実現できることならば、筋電でいいんです。筋肉の場合は信号の電圧が約10mVまで上がりますから、脳波の約1000倍もあって信号の検出は比較的容易です。それなので脳波を利用した技術は、筋電ではできないことを脳波をつかってやるべきで、それがふたつ目のゴールである脳へのフィードバックを利用した技術の研究と開発です。

脳卒中などで身体に麻痺が残るなど運動に関わる脳機能に障害がある場合、「ここを動かせ」という指令を出す細胞がダメージを受けているために筋肉を動かせないことがあります。そこで体を動かそうとする意図を脳波から検知したときに電動の装具を作動させてその動きを補助してやることで、運動の意図に対する身体の動作の感覚を脳にフィードバックし、再び体を動かせるように脳に再学習させることが可能だとされています。

学際研究の要は「専門領域をもって価値観を疑うこと」

ーー最後に、ブレインマシンインターフェイスのような多くの分野から知識と技術を集めて研究する学際的な領域で研究者に求められる資質はどのようなものだとお考えですか?

まず必要なのは自分の得意な専門領域を一つ持ったうえで取り組むことでしょうね。一つの課題に対して様々な分野の研究者が各々の感性で捉えて新しい発見をしていくわけですから、その感性がまずひとつ必要です。私の場合、信号の時系列解析というバックグラウンドがあったのでそれを活かして研究を進めてきました。共通点を自分のフィルターでいかに見つけられるか、それがないとただの評論家になってしまいますね。

あとは研究というのは少し違う分野に行くと「こうなったら、これがわかったら嬉しい」という価値観が大きく異なるものなので、それに対応できるよう、日頃からいろいろなものに興味を持っておくことでしょうか。

ある特定のテーマには特定の価値観があるのですが、その価値観自体疑ってかからないといけない。自分の例だったら、画像圧縮ってなるべく少ない情報で良い画質をつくることが良しとされてきました。しかしインターネットの時代になり回線が太くなってからは圧縮する必要性がさほどなくなってしまった。時代の変化とともに価値観が変わることもある。特定の価値観や技術に固執せず、こだわりを捨てる勇気も時には必要だと思いますね。

研究室の学生と行った画像処理技術を使った人気が出るゆるキャラ分析 香港の学会で注目を集めたそうだ

東京農工大学 田中研究室(生体信号情報学研究室)HP