通称「ケムステ」ことChem-Station(https://www.chem-station.com )はウェブに混在する化学情報を集約、整理し、データベースとして提供する国内最大級の化学ポータルサイトです。早稲田大学理工学術院の准教授であり、第一線で活躍する現役研究者でもある山口潤一郎氏は18年前にケムステを立ち上げ、現在も代表として運営に携わっています。ケムステが化学の情報発信にこだわる理由と、ケムステの運営を通してその先に見据える「科学の発展」について山口准教授に話を聞きました。

「論文誌と一般向けメディアの中間くらい」が最も注目を集められる

ケムステは日本国内において最大級規模の化学のメディアであり、化学系の学生が調べ物をする際に必ずと言っていいほど参照される媒体です。その最大の強みは、「情報の専門性」と「化学者にリーチする力」にあると山口准教授は言います。

「アカデミックな情報というのは、それを必要とする人に届けることが実のところ非常に難しいものです。たとえば、化学の研究者がある研究成果を大学のプレスリリースで出しても、ほとんど反応がなかった。新聞に載っても反応がなかった。でもケムステに載った途端にものすごく反響があった、という話をよく聞きます。

ケムステに掲載された研究やトピックスは、他分野も含め多くの専門家の目に留まるという状況ができています。情報発信媒体として、この状況は一つの『達成』であると私は思っています。ケムステの情報発信力は、専門家が参照する論文誌と、一般の人々が読む新聞のようなメディアの中間くらいのスタンスを意識していて化学者にとってそれが一番『ここに載ったら嬉しい』という場を目指して運営してきました。ケムステの執筆者たちはみなアカデミックな場で研究している人々で、読者も化学を専攻する学生や研究者を中心に想定しているので、そのような人々に利するメディアでありたいです。一方で他の分野の研究者が『ここを勉強したい』と思ったときに当該の知識に辿り着けるような仕組みこそ、私を含め専門家が必要としています。だから、『専門的だけれど開かれたところに情報が集積されている』ということに価値があると思っています」

化学の知識を検索可能な状態へ

[データベースカテゴリの中の反応式のページにはそれぞれの記事が事典の見出しのように蓄積されており、ここにケムステの原点があるという]

――現在のサイトにはトップに「ニュース」「インタビュー」といったカテゴリーと並んで「データベース」という項目があります。ここには反応式、用語、化学者など各項目の解説が百科事典のようにまとめられており、学生時代にケムステを立ち上げたときからあるものだそうですね。

私たちが目指しているのは、化学の専門的な情報をできるだけ検索可能な状態に出していくということです。

アカデミックな情報というのは、いわばマニアックな情報です。そしてマニアックな情報はマニアにしか書けないので、それらは「一部の人にとっては非常に有用だけど、多くの人の日常生活には関わらないものであるがゆえに表面化しづらく、集めづらい」という性質があります。化学という市場は、アカデミックな範囲に限って見れば日本国内で最も大きな分野ですが、書き手にとっても読み手にとってもニッチなところであることには変わりありません。しかし、先ほど述べたような「マニア」―専門的な領域に足を踏み入れている人は人数こそ少ないけれど、そういう人々にとって「どうしてもこの情報が欲しい」という状況はままありますから、そのときに「ケムステを調べればわかるはず」という情報環境を作ることが、私たちの提供している価値です。一般の人を含めできるだけ多くの人に情報を届けるというよりも、このデータベースを整えることこそがケムステにとっての情報発信の形なんです。

[新着論文のカテゴリには化学の各分野から注目すべき最新の研究成果がいち早く集められる]

化学の情報が集まるところに人が集まる

――ケムステでは現在、化学科を目指したい高校生向けの大学紹介の書籍をスタッフの間で執筆したり、就職を希望する化学の学生と企業と繋ぐ手助けとなるイベントを企画したりと、人を集める試みも進めています。

化学の情報を集めていくと、そこには人が集まるようになる。特に日本語で書かれた情報のアクセス性がケムステは非常に高いです。そしてこれからは、集まった人たちと何をするかという段階です。たとえば企業が一般的に開催する就活イベントは、多くの場合その企業が「来てほしい」と思う人を集めることがなかなか難しい。特に化学を専攻する大学院生なら、普通の説明会で聞くような企業理念とか、「環境に優しい」といった謳い文句とかではなくて、その企業がどんな反応を使って何を作っていてどんな技術を持っていて、というマニアックな情報を「化学の言葉」で聞きたいですよね。そのようなパンフレットには載っていない情報を交換する場を作って、さらに外部の企業が持ち込んだコンテンツとも組み合わせてイベントをやろうという企画が持ち上がっています。

ケムステとして特に注目したいのは、中小企業の中でキラリと光るところ。化学の技術は、情報系や電気系などの研究で扱う技術と比べて製品に用いられていることが見えにくいのですが、中小企業の中には目立たないけれど独自性のある技術を持っているところがあります。そういう光の当たらないところにスポットライトを向けていきたいです。

化学の情報を伝えることがリスペクトされる職業になってほしい

――化学の情報サイトとして現在のような地位を確立できたのはなぜだとお考えですか?

継続すること、これに尽きると思います。ビジネスとして化学の情報を発信して人を集めようという試みはいくつも過去にあったんですが、どれも長くは続かなかったんです。書く発信を始めたとしても、人件費や時間の負担に押しつぶされてどこかのタイミングで消えていく。

私たちは研究者として、「研究成果である情報を公開したい」という動機からケムステを始めたのでぼちぼち続けてこられたんだと思います。

――サイト立ち上げから18年のあいだ、やめようと思ったことはないのでしょうか?

やめようと思ったことは今のところないかな。研究がとても忙しかったときはエフォートを減らしたいと思ったことはありましたが。もはや自分の研究人生よりも長い活動ですから。サーバーが全部飛んで記事も全部消えちゃったなんてことになったらやめるかも。

――情報発信に対する意識は何か変わりましたか?

当初はサーバー代と執筆者への原稿料を払った上でシステムを維持できるだけの状態を回せればいいと思っていました。しかし、この活動をこれからもずっと継続していくためには情報発信をすること自体が職業として認められる必要があると思っています。ボランティアでやっていては後陣が続かないですからね。化学の情報を伝えていくのってとても重要で、それが社会においてリスペクトされるポジションを獲得できるようになっていってほしいと思います。優れた研究成果を残す研究者と同じくらい、「人に影響を与えられる人」を私は尊敬しているので、そのキャリアパスを作るために自分がロールモデルにならなければいけないと感じています。

そうはいっても「ビジネスをしよう!」という感じでもないです。それをやり始めると本業の研究がおろそかになってしまうので。忙しい中で自分にはできないことや、できるけれどできれば削りたいことは人に任せていかなければいけません。そのためには人件費が必要だと気付いた頃から、ある程度の自由度をもって組織を回し継続できる仕組みを模索するようになりました。そうやって継続していくことが読者からの信頼にもつながると感じています。

 

研究室HP http://www.jyamaguchi-lab.com

Chem-Station https://www.chem-station.com