「アリとキリギリス」という有名な童話がある。この物語でも描かれているように、多くの人はアリに対して「働き者」というイメージを持っているだろう。

しかしそんなイメージとは裏腹に、働きアリの7割は休んでいて、1割はなんと一生怠けているというセンセーショナルな研究で、従来からの進化論の常識を根底から覆す説を唱え続ける研究者が北海道にいる。

その名は長谷川英祐。北海道大学大学院農学研究院生物生態・体系学分野の准教授だ。座右の銘は「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」

多趣味で一本気。日に必ず1、2本の映画を鑑賞し、研究室には大好きな漫画と特撮映画のフィギュアが所狭しと並んでいる。自らをバガボンドの登場人物で最強の剣客・伊藤一刀斎になぞらえる長谷川准教授の人生は、研究者を目指す全ての若人にとって指針となる生き様と言えるだろう。自らを「ひねくれ者」と称する長谷川准教授に、科学者としての矜持を熱く語ってもらった。

▲長谷川准教授。研究分野の話になると、語り口に熱がこもる。

ーー まず、どのような経緯で現在のご専門に進まれたのか教えてください。

動いている昆虫を見るのが子供の頃から大好きだったんです。とにかく生きた昆虫を飼うのが好きだった。

大学にいた頃、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』という本が和訳されて日本で出版されました。そこで書かれていた「自然選択の対象は個体ではなく遺伝子である」という内容に衝撃を受け、もし本当ならとんでもないことだ、自分でも研究してみようと思ったんです。自分のいた大学には昆虫の研究室がなかったので、発生学の研究室でアリを研究しました。

学部卒業後はストレートで大学院に進学したかったのですが、経済的な理由から一度就職し、5年後に東京都立大学の生態学専攻に進みました。

ーー 本格的に進化や生態について学べる環境に至るまで、かなり長くかかりましたね。

5年間勤めた仕事が医療関係で、仕事場に図書室があったので、いつも仕事をさっさと切り上げてNatureやScienceの論文を読み漁っていましたね。

院進学を目指していた頃は既に結婚していたんだけど、奥さんに「5年間はお金出してあげる」って言ってもらえた安心感は大きかったです(笑)。

ーー ブランクを経て、学生生活が再スタートしたわけですが、いかがでしたか?

5年も働いて、それから大学に5年間居るわけですから「卒業したところでまともに就職できるはずがない」と思い、入学当初から絶対に研究者になるつもりでした。そのために、ドクターの3年間で10本論文を書くという明確な目標を立てていました。

ーー すごい量ですね。しかも当然のことながら、論文として認められる質も担保しなければならないわけですよね。

そうですね。ありがたいことに、ヒラズオオアリに関する論文は進化学最高の権威である・『エボリューション』という雑誌に掲載してもらえました。卒業後のポスト探しをしているときも、論文の量と質の両方を評価してもらえて、京大や国立環境研究所にご縁を頂くことができました。

ーー 素晴らしいですね。『エボリューション』に掲載されたときはどんなお気持ちでしたか?

この論文は「集団遺伝」に関して、欧米で主流となりつつあった理論をヒラズオオアリについて証明した論文だったんです。当時自分が英語論文の添削お願いしていた信州大学の浅見先生からは「彼らの信じる理論を証明したから掲載されたんだよ」と言われました(笑)。 研究活動を進める上で、時代の流れに敏感であることも重要なんだなと実感しました。

ーー なるほど。北海道大学で助手のポストを見つけられたのも、やはりそれまでの成果が重要な決め手となったのでしょうか?

当時の採用担当者に訊いたところ、応募のあった56人の中で論文の数と質を掛け合わせた結果が断トツだったのが私だったそうです。当時一流の雑誌に3本くらい論文を載せられていたのも大きかった。もちろん、自分が出すすべての論文について質が高いこと  は重要ではありますが、許容できる質の基準を独自に設けて、とにかく手を動かし数を出すことも重要だ と思い ます 。

 一歩ずつ着実に成果を生み出し、念願の研究職という ポストを得た長谷川准教授。その研究職 へのこだわりは「執念」とも言えるだろう。その姿勢の中から、全ての若者が学び取るべきこととは。    

ーー 今でこそ「働かないアリ」を始め長谷川先生のユニークな研究が広く周囲に認められるようになりましたが、研究者として食べていくためには「既存の権威」から認められる必要があるわけですよね。

プロの科学者としてやっていくためには、確実に認められる論文を出す必要があるのは事実です。だけどそんなことばっかりやっていても真理の探究には必ずしも繋がらないし、何より面白くない。その裏でちゃんと自分の本当にやりたいこと、これこそは面白いと思うものをやってこそ、研究者です。結論、何本も何本も論文を書くことになる(笑)。自分が研究した結果として得られた真理よりも権威や時代の流れを優先してしまうのは、絶対に違うと思います。

僕の場合は、オリジナリティのあるアイデアの仕事をしながら、すぐに成果に結びつく仕事も同時並行でやるんです。動物生態を研究していても「〇〇が好きだから」といって特定の動物だけに固執する必要はないと思います。これこそは面白いと思うものをどんどんやってこそ研究者ですから。

これまで70本くらい論文を書いてきましたが、退官まで残すところ7年となりました。この時間内に必ず100本書き上げるつもりです。

ーー多くの学生にも会われてきたと思います。研究者を目指す学生に伝えたいことは?

以前研究室のある学生が、雌雄の個体数が人間の場合はおよそ1対1である理由を質問しにきたことがありました。僕は染色体の数などから理由を説明をし、その学生も一旦は納得した。しかし30分後に戻ってきて、「だけど先生、そんなことは教科書のどこにも載っていません」と言ったんです。僕は彼女に対してものすごく怒りました。「君は学者のくせに自分が納得した論理より教科書に載っているかどうかを判断基準にするのか。学者は教科書に載っていない全く新しいことを考え出したとき、自分以外の人間全員がそれは違うと言っても、『そんなことはない、あなたたち達の方がこういう理由で間違っているんだ』と言わなければならないのに。君には学者のセンスが全くない」と言って泣かせてしまいました(笑)。泣かせるような言い方をしたのは良くなかったと思いますが、今でもこの考え方を訂正する気はありません。

学問として大事なのは教科書に書いていないことなんです。まだ分かっていないことなんて教科書に載っているわけがないんですよ。

ーー確かにそうかも知れませんが、偏差値に基づく学歴や人からの評判を大事にする風潮の強い日本では難しい視点の置き方なのかもしれません。

教科書に何が書かれていないかを読み取る訓練をするべきだと思います。誰かが既に言っていることの証明をなぞっても、それは前進する研究活動ではない。どんな世界でも生き残るには人が考えていないことを考える必要があるんです。

あとは僕のようなひねくれ者であること(笑)

自らをひねくれものと称する長谷川准教授に、最後の質問をぶつけた。

先生にとって「研究」とは何か?

簡単なことですよ。遊び

楽しいからやっている。あることがわかった瞬間が楽しい。僕はその瞬間を「エクスタシー」と呼んでいます(笑)

 

プロとして生き延びながら、本当にやりたい仕事を「遊び」と称し、貫く。研究者に限らず、自分が何者であるかを問い続ける若者なら憧れる生き方ではないだろうか。

そんな生き様を追求する権利は特別な才覚を持つ者にのみ許されたものではなく、きっと誰の前にも拓かれた道であるはずだ。長谷川准教授の淡々とした語り口から、そんなメッセージを受け取ったように感じた。
 

▲大好きな怪獣映画のフィギュアと。学生とコミュニケーションを取るために、映画の鑑賞会を開くこともあるそうだ。