「研究の原動力は”虫が好き”という気持ち」

幼いころから、虫を観察するのがライフワークだった吉澤先生。「おもしろい、というよりも、とにかく虫を見る習性があるのかもしれない」と語る氏は、その純粋な好奇心を研究というフィールドにおいて「こだわり」という武器に変えた。しかし、今年イグ・ノーベル賞を受賞できたのは、「偶然が重なりあった結果と、これまでの多くの昆虫学者の功績があってこそ」だと言う―。そんな北海道大学農学研究院の吉澤和徳准教授に、「好き」が受賞に繋がるまでの経緯と、基礎研究の重要性についてお話を伺いました!(前後編の後編をお届けします。前編はこちらから!

<前編>

・「進もう」と決めて歩んだ道ではなかった 〜偶然の重なりが生んだキャリア〜
・分類学に携わるすべての研究者で受賞を果たした 〜イグノーベル賞受賞の裏側〜

<後編>

・科学の”扱われ方”について 〜受賞報道と基礎研究〜
・「好き」を手放さず遊ぶこと 〜吉澤先生にとっての研究とは〜

受賞報道の現実が突きつけた科学の”扱われ方”について

ーー 受賞論文の出版時は一部の報道機関を除いて、研究の報道がほとんどメディアに出ませんでしたよね。このことについて、思うところを教えてください。

ちょっとがっかりしたのが正直なところです。というのも、研究内容は基礎的な進化生物学と形態学の話なので、メディアに露出しづらい言葉が入っているだけでこれだけ一般にもインパクトのある研究が紹介されないんだ、と思いました。幸い、今回の受賞がきっかけで大手のメディアも含め各所で紹介してもらえるようになりましたけれどね。ニュースがきっかけとなって、性というものがタブーではなく科学の一分野として伝わるようになってほしいと願っています。

一般的に、性の話は敬遠されます。けれど、進化生物という分野においてはオモテに出ていないだけで面白い研究がまだまだたくさんあるんです。メディアで今後そういった研究がたくさん取り上げられるきっかけになれていれば嬉しいですね。

ーー 受賞時のコメントで「分類学や形態学の全体としての受賞だ」と書かれていましたが、どういう意味なのでしょうか?

今回、なぜチャタテムシなんていう世界で5人くらいしか研究していないような虫でイグ・ノーベル賞を受賞できたかというと、チャタテムシ以外の研究者が今までたくさん活躍してくれていたからだと僕は思います。

社会において必要とされている仕事がきちんとこなされてきたからこそ、僕が大して需要の無いチャタテムシをやるチャンスが生まれてきたわけなんです。社会からの要求を満たすことと、こういう遊びみたいなところの両方がないと、新しい発見や分野としての研究の前進はないと思っています。要するに、「社会からの要求」を固めてくれた人たちとチャタテムシの過去の研究の積み重ねの2つがあって僕らが受賞できたんだと思います。

ーー 日の目を浴びたと言うより、「好き」を突き詰めた上で偶然も重なった、という感じでしょうか?

どの分野でもそうだろうけど、変わったことを新しい視点でできるのは、ゆとりや遊びがあってこそなんです。「やらなきゃいけないこと」ばかりに注目していては、新しい視点は出てこないと思います。最近、役に立つ研究という言葉がよく使われているように感じますが、「役に立つ」だけではなく、ちょっと変なところを見る人とか、誰も見向きもしない研究にかじりつくような人も科学の発展には間違いなく必要だと思います。

ーー 基礎研究について、近年は研究費も減らされてしまっていますよね。科学の明るい未来には何が必要だと思いますか?

毎年ノーベル賞の受賞がニュースになるたびに全ての方が基礎科学の重要性を唱えますが、資金問題は一向に解決しませんよね。なので僕が言ったところで何も変わらないと諦めている部分もあります……(苦笑)。

たとえば、本当においしいりんごを作ろうと思ったら,実際に食べる実だけでは無く,直接消費するのでは無い土なり水なりに力を入れないとダメなわけで、基礎研究は土や水に相当するものだと思います。その重要性を受賞者たちが説いても現状が一向に変わらない、むしろ悪くなりつつあるのはのはなぜでしょうね。基礎科学と応用科学とは、ある意味でまったく別の機能を担っています。常に基礎研究を大切にして地盤を固めて広げていかないと、次のステップには行けないということを、国に知ってほしい。

先生にとって研究とは?

ーー 研究を多くの人に伝えることの難しさはどこにあると考えますか?

分野や研究者にもよりますが、日本の研究者は自分の研究の面白さをもっと積極的に前に出して宣伝してもいいと思うんです。あとは、これまでの研究材料と同じものを扱うにしても、視点を大きく変えてみるとより面白い内容になりやすい。対外的に成果をアピールできるようになりたいのであれば、常に自分が目指す論文より一つ上を目指す心意気で投稿をするように心がければ研究の見せ方により磨きがかけられると思いますね。

たとえ自分が大発見をしたとしても、注目を浴びるタイトルで雑誌に出さないと埋もれてしまうわけで。これまで投稿の経験が少なかった人や学生は、「研究の売り込み方」を積極的に学んだ方がいいでしょうね。

ーー 研究で大切にしていることは何でしょうか?

やっぱり形の研究をしているので、ディテイルへのこだわりや、とことんまで自分が理解したと思うところまで形について突き詰めて考えると言うことは自分なりのこだわりですかね。だからこそ、他の人がすでに観察したスライド標本から今回の発展があったと思います。自分のやってきたこと、それに対するこだわりを大事にする、という感じですね。どんな分野においても、得られたデータに対して自分なりの視点やロジックを持って考えて見てみることが大事だと思います。

ーー 先生にとって研究とは?

趣味の延長みたいなもの。(笑)楽しいからやっているんで。もちろんしんどいことはある。今回も2年間もリジェクトされ続けるなど辛いこともありましたね。心が折れそうになったし。けれども楽しくてやってることなので。小さい頃の趣味が、楽しく続けてきた結果、飯の種になっています。将来性があるとか、お金が稼げるとか、そういうのは少なくとも僕にとって二の次です。心ゆくまで愛するものを楽しむこと、それが僕にとっての研究ですね。

 

「虫が好き」という幼い頃からの気持ちを「ディテイルへのこだわり」という武器にしてきた吉澤先生は、このインタビュー中に何度も「偶然」という言葉を口にした。「好き」を突き詰めれば必ずどこかに辿り着くようにできているのではないか、それを「偶然」と呼ぶのではないか―私は先生の話を聴きながらそんな風に思った。何かを仕事にしようとするとき、「なんの役に立つのか」「どのくらい稼げるのか」ばかりに注目するのではなく、「好き」という気持ちにもっと素直になってもいいのかもしれない、そう思えた時間だった。

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(大好きなビールと生物学の教科書の前で)

Appendix 〜先生の素顔が見える、一問一答〜

ーー 授賞式は出席しなかったのは研究が忙しかったからですか?

そうですね。空き時間を考えると、どう頑張っても無理だったと思いました。

基本的に自由に動ける時間は夏休みくらいしかなくて限られているのと、研究費も使用が制限されていて、年度をまたいで交通費を捻出するののが厳しかったのです。

ーー イグ・ノーベル賞で性選択にオープンになったが、LGBTや不妊など、社会への昆虫からのメッセージはあるのでしょうか。

僕らの論文にはジェンダー関係の話もあり、そういうとらえ方があることも承知しています。でも僕らはそういうことは言うつもりはなくて、色々考えるきっかけにはなると思うけど、この研究をやったからといって先進的な意見を持っているとかそういうことではない。僕らがこの研究は、草食系男子などを意味するようなものではないし、シンプルに理学的な研究をしてきただけです。

ーー 昆虫日記はまだ残っているのでしょうか?

まだ実家においてあります。うちの親もよくとっててくれたな、と思います。40年近く前だから、自分も忘れていましたが、出身の新潟で地震の片付けをしている時に出てきました。30年前の自分に出会うったようで面白かったです。タイムカプセルみたいな感じですもんね

ーー アカデミア以外での就職、たとえば博物館の学芸員などは考えなかったのですか?

そうだね。博物館の学芸員の授業は取っていたが面倒臭くてやめてしまって。

でもまさか北大に来るとは思わなかった…(笑)

ーー 九州大学で転科をされていますが、その背景は?

昆虫分類学の研究室ではあったんだけれども農学としてやっていて、でももっと理学部的な視点から昆虫をやりたかったというのがあって、教養部が廃止され大学院ができるというタイミングで転科しました。

ーー 先生はツイッターをされていますが、研究者のSNSやメディア利用について持論はありますか?

いやあ全然(笑)。

普段は酒飲んだ写真しか載せていないが、今回に関してはツイッターをやっていたことで、新聞にしてもインタビューの切り取られ方が間違っていても、そのたびに逐次自分で訂正して発信できてよかったなとは思いました。でも普段は志を持ってやっているわけではなく、ただの暇つぶしです(笑)。