小さい頃、誰もが一度は手にして遊んだであろう折り紙。そんな身近な折り紙が持つ可能性を、コンピューターグラフィックスの地平から研究しているのが筑波大学大学院システム情報系情報工学域教授の三谷純先生だ。今回は三谷先生に、折り紙研究の面白さや、アカデミアの魅力と課題について語ってもらった。

「一枚の紙を切らずに折るとどんな形ができるのか」
小さい頃の遊びが研究に繋がった

ーー三谷先生はコンピューターサイエンスをご専門にされているだけでなく、折り紙の研究もされていますよね。研究室では主にどのような研究に取り組んでいるのでしょうか?

「折り紙の研究」というとインパクトが強く、名前が一人歩きすることもあるのですが、研究室ではコンピューターグラフィックス(CG)の研究をメインに取り組んでいます。CGとひとくちに言っても、「形をコンピューターの中で設計する」、それに対して「レンダリングして映像を作る」、更に「連続的に変化させてアニメーションにする」という3つのステップがあります。私が取り組んでいるのは、最初のステップの、形の設計についてです。CGは最終的なアウトプットが注目されがちですが、そのベースとなる形の設計も学術的にとても大事なのです。

ーー「形をデザインすること」と「折り紙」はどのように結びついたのでしょう?

小さい頃から紙工作がすごく好きだったので、「コンピューターで設計した形を紙で実現する」というテーマに関心を持ちました。学生の頃には滑らかな曲面を持った*スタンフォードバニーの形を、紙を切り貼りして作る研究をしていたのですが、「一枚の紙を切らずに折るだけでどんな形ができるのか」という更に制約されたテーマに惹かれて折り紙の研究を始めました。

*スタンフォードバニー:スタンフォード大学が公開している、CGのテストデータとしてよく使用されるモデルデータの1つで、その名の通りウサギの形をしている。

ーー小さい頃の趣味が研究に繋がったのですね。

はい。紙工作も好きでしたし、パソコンを触るのも子供の頃から好きだったので、その二つを組み合わせた感じですね。私の親からすると、まだやっているのかっていう感じだと思います(笑)。プログラミングも小学生の頃からやっていたので、パソコンで何かアプリケーションを作るという発想は、日常的なことだったんです。

ーー今でこそプログラミング教育が盛んに言われるようになりましたが、先生が子供の頃はプログラミングをしている子供は少なかったのでは?

全然いませんでしたから、完全に独学でしたね。そもそもインターネットもなかった時代で、『マイコンBASICマガジン』というプログラミングを扱った月刊誌に掲載されていたプログラムを写経みたいに何度も打ち込んでいました。私の場合は紙工作とプログラミングに熱中していたわけで、子供のときに与えられたものを飽きもせずに何回も何回も行うことって、結構大事なんじゃないかと思います。

「作ってほしい」と言われるものより、作りたいものを 民間企業から大学に戻ったのは

ーー研究者になろうと思ったのはどうしてですか?

一番は自分の裁量で自由にできる幅が広いからですね。1年間大学を休学し、ベンチャー企業とヤフー株式会社で働いたことがあるのですが、企業勤めを経て「やっぱり自分の好きなことをやれる環境がいいな」と思い研究者になりました。

ーー民間企業で働いていた頃はあまり自由がなかったということですか?

企業にいた頃も刺激的で楽しかったですよ。周りの人がとても優秀で、技術的にも人間的にも学ぶことがたくさんありました。ただ先を見据えたときに、本当にこれが自分がやりたいことなのかなという疑問がありました。ベンチャーではソフトウェア開発をしていましたが、自分が作りたいものを作るというモチベーションの方が頑張れますよね。「こういうのが欲しいから作って」と言われたものを作るより、自分が欲しいものを自分で作る方が良いと思ったんです。それに、紙を使って遊んで許されるのは大学くらいだと思います(笑)。

ーー三谷先生は折り紙のアートとしての表現にもご興味があるとのことですが、科学とアート、あるいは芸術活動と研究活動の相違点についてお聞かせください。

私は芸術が専門ではないので自分の口から話すのは憚られるのですが、芸術と科学の居場所は昔は一緒だったと言われるように、一つの自己表現として共通点があるかなと思います。

理論を考えて、コンピューターでアプリケーションを開発して、そのアプリケーションで設計して、そして実際に紙で作ってみて、というのは全て研究活動に含まれるんですよね。折り紙というアウトプットはたまたまアート作品のように見えるかもしれませんが、論文を書くのもソフトウェア作るのも、私の中では一つの「作品」のような気がします。

ーー鑑賞目的ではない以上、研究成果である「作品」に意義が求められることもあるのでしょうか?

今は時代の流れとして研究活動にも国の要請があることもあり「産業に資するもの」、「日本の課題を解決するもの」が求められる風潮が強くなっている気がします。そのことがかなり気になっています。

実は私は研究者という肩書とは別に、内閣府の科学技術イノベーション会議のフェローという役職にも就いています。研究に対する国の姿勢に疑問を感じていたこともあり、国の中枢でどのような議論がなされているかを見るつもりで、去年の8月から週に3日間、内閣府で働いています。

三谷先生のflickrより引用

 

目に見える見返りを研究に求められる時代 今後乗り越えるべき課題とは?

ーー実際に内閣府で働くようになって、何か思うところはありましたか?

うーん……。日本の研究の未来は明るくない、ということを再確認してしまった、という感じでしょうか。というのも、今の日本社会は、中国やアメリカに比べてどうしても右肩下がりと言うか、明るい展望が描きにくいような気がしますね。かつては国にも大学にも余裕があったのでしょうが、今は何かにつけて業績評価、産学連携、グローバル化、という声が上がり、さらに、どれだけ予算を取ってきたのかが問われます。そのため、研究以外の業務は増える一方です。残念ながら「研究者の皆さん、のびのびとやってください」という時代ではないということでしょう。

大学としても予算を獲得するためには何かやらなければいけないし、何かやるからには成果を出さないといけない。取り組みの多くは、教育改革だったり、組織改革だったり、入試改革だったりするわけですが、これらにエネルギーを注ぐほど、研究に使える時間は減り続けます。日本の研究力の低下が指摘されているにも関わらず、研究環境がいっこうに良くならない点を、もどかしく感じます。内閣府でも十分に認識はされているのですが、問題は複雑すぎて、すぐに効果のでる処方箋があるわけでもなさそうです。

ーー折り紙の研究に関しても、将来的に何の役に立つのかと聞かれると思います。どのように回答されますか?

何の役に立つのか、という質問はどんな取材でも必ず聞かれますね(笑)。

質問に対する答えとしては本音と建前で二通りあって、本音としては「そんなの分かりません」という答えです。例えばアーティストの人に、作品の意義や10年後にどんな作品を作っているかを聞いたって、本人も分からないと思うんです。人の命が救える、というような分かりやすい貢献のある研究ではないので、簡単に答えられません。建前としては、「一枚の素材を折って何かの形を作るということは、産業界での応用が見込まれる」と言いますね。宇宙へ打ち上げる必要がある構造物から、梱包材やランプシェードといった日常製品など、折りたたむことが必要なあらゆるものに役に立ちます。実際、いくつかの民間企業の方と一緒に研究開発に取り組まさせていただいていますし、ファッション関係の方とのコラボレーションもしてきました。

ーー大学法人化以降、運営交付金は毎年減らされており、実学的な研究のほうが資金を獲得しやすくなりつつあるのではないかと思います。基礎研究と応用研究はどのようにバランスをとればよいのでしょうか?

基礎研究も応用研究も、どちらか100%ではダメですから、どこかにいいバランスがあるんだと思います。国が主導して考えるべきかもしれませんが、うまく役割分担できるといいと思います。でも、今はとりあえず役に立つことをやらないといけない、という風潮が強いように感じます。

役割分担と言えば、大学の中でも「経営なりマネジメントは、その専門家がやるから、研究者は研究に専念してくれ」と言ってもらえるようになるといいですね。現状は教員が運営を任されるうえ、たとえばセンター試験まで面倒をみる必要がありますから、求められるものが広範にわたりすぎているような気がします。限られたリソースをうまく配分して、有効に使えるといいのでしょう。

ーー大学にいてよかったと思うのはどういうところでしょうか?

自由がまだ残っていて、好きなタイミングで本を出せたり人に会ったりと、自分の裁量でやることを決められることですね。学生と一緒に研究に取り組めるのも、とてもありがたいことだと思います。そして世の中に発信することで、自分の取り組みを、日本のみならず海外の方にも興味持ってもらえることですね。これだけネットワークを広げられて、別け隔てなく交流を持てるというのは、大学が中立的で、営利目的でないからだと思います。小学校で授業したり、ご年配の方向けののワークショップを開いたりもしていますよ。

あと、身もふたもない話ですが、肩書の重みもあるんですよね。「筑波大学の教授」だと、きっとスゴイことをしているに違いないと思ってもらえる。嫌な言い方になってしまいますが、自分の活動を世の中に認めてもらうために、肩書をうまく使って情報発信していくことも大事かもしれません。

ーーこれから乗り越えるべきアカデミアの課題は何でしょうか?

難しい課題がたくさんあるのですが、まずは上の世代と下の世代で、大学の中身に対する認識のギャップを埋めることが大事だと思います。たとえば上の世代は自分でアルバイトして学費が稼げたから、奨学金や給付金の重要性を理解しづらい。大学進学率も昔と今では全然違います。授業にしても昔はもっとゆるかったけれど、今の学生は真面目に授業に出るし、教員も出欠や成績の管理をしっかりしています。入試の種類もすごく増えました。でも、大学の教員が日々の業務に感じている多忙感など、このあたりの感覚は、行政に携わる方々もわかっていないことが多いように感じます。大学の内実を理解することで、より良い制度設計が出来るのではないかなと思います。もっと踏み込んだことを言ってしまえば、大学に投じる予算を増やせないのであれば、適切な規模まで縮小することも検討しないといけないように思います。

大学の現状は決して明るいとは言えないですが、それでも大学にはまだ自由が残されています。専門知識を持った方々が集まる、恵まれた環境で、自分の取り組みたい研究に精を出すことができます。でも、世の中はすごい勢いで変化していますから、大学も今の姿のままであり続けられるわけではないのでしょう。生き残りをかけて、ますます大変な時代になることも予想されます。そのために改革を頑張ることも大事でしょうが、研究をしたくてアカデミアの世界に来た人にとって、大事な研究時間を割かなければならないことは耐えがたいかもしれません。よりよい環境を求めて、海外に飛び出して行ってもよいでしょう。元気なベンチャー企業で、知識を活かして研究と実用の間でバランスをとる生き方を模索するのでもいいと思います。