「一度は日本を出ろ」日米で研究をリードする柳沢教授が語る理想の研究環境とは?

高度な知識・技術を有した人材が海外に流出する現象は「頭脳流出」と呼ばれるが、若かりし日の柳沢氏もその一人だった。自身の研究キャリアのほとんどを米テキサス大で過ごし「日本には一生戻るつもりはなかった」と振り返る。アメリカでの研究生活を経験し、つくばで新たな挑戦を行う今、日本の研究環境に対して何を思っているだろうか。取材を通して、その心境を探る。

睡眠研究の第一人者が渡米した理由

"I never think of the future. It comes soon enough." -Albert Einstein

「私は先のことなど考えたことはない。すぐに来てしまうのだから」

20世紀最大の物理学者アルベルト・アインシュタインの言葉だ。21世紀現在、ここ日本にも、彼と同じく長い将来のことを心配するのではなく、自身の好奇心と意欲に従っていまこの瞬間を突き進み続けている脳科学研究者がいる。睡眠研究の第一人者として知られる柳沢正史氏だ。現在は、筑波大学教授として在任するかたわら、自身が立ち上げた筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構: IIIS(通称トリプルアイエス)の機構長、加えて2017年10月にスタートしたばかりの株式会社S'UIMINの代表取締役も務める。

本題に入る前に、まずは柳沢氏の研究者としての歩みを振り返ろう。

柳沢氏は大学院在学中に血管収縮因子「エンドセリン」を発見し、当時米テキサス大学にいたノーベル生理学・医学賞受賞者のジョセフ・ゴールドスタイン(Joseph Goldstein)とマイケル・ブラウン(Michael Brown)に見初められる。その後、ハワード・ヒューズ医学研究員(HHMI)という名誉あるポジションで24年間も米・テキサス大学で過ごした。

柳沢正史 IIIS

大学院を修了した当時から、その研究分野の界隈ではすでに有名になっていた柳沢氏は、世界でもトップクラスの研究機関から複数のリクルートオファーを受けていた。しかし、サイエンスの中心はアメリカであると信じていた柳沢氏は、学会で知り合ったジョセフ・ゴールドスタイン氏に「自分はアメリカに行きたい」と告白して以来、彼からの他とは比べものにならないほどの熱い声かけを受けたことからテキサス行き決めたという。

「HHMIはmost prestigious(最も名誉な)ポジションだからね。全く迷いはなかった」そう語る柳沢氏だが、テキサス大学での研究生活は空っぽの部屋と、秘書が1名、渡米後すぐに追いかけてきてくれた後輩2名という少人数でのスタートだった。それでも、日本とは違い、HHMIから支給された自身の人件費を除くすべての費用は$700,000~800,000/年という巨額なもの。そこから24年後、2010年に母校である筑波大学からFIRSTという莫大な投資政策への応募のオファーを受けるまでの間、テキサス大学での研究生活が続いた。この研究機関には脳内のペプチド性神経伝達物質オレキシンの発見も果たしている。これは食欲に関わるためギリシャ語のorexisに由来して命名したそう。同時に、オレキシン不足が睡眠覚醒障害のナルコレプシーを引き起こすことも発見した。

柳沢正史 IIIS

日本に戻ってきた理由

研究者としての将来の展望を考え直す―筑波大学からFIRST Programへの打診があったのはそんなタイミングだったという。FIRST Programは、2010年度から当時の麻生内閣のもと始動され、当初の計画では5年間で計2700億円にもなるとされていた基礎研究分野への巨額な国家予算であった。

「実は、最初筑波大学から教授のオファーを受けたときは断りました。日本には一生戻るつもりはなかったのです」と柳沢氏。「30、40代のころは自分の研究だけに夢中になっていたが、50代にむけてもう少し後身の育成など他の部分まで視野を広げたいと考え始めていたタイミングではあった。大学の委員会や他の事務的な役回りにも関心を持ち始めるも、アメリカというあくまで他国のポリティカルな部分にも参加する自分の姿を想像することができなかった」。

テキサスでの生活に不満があったわけではなかったため、期待せず試しのつもりで応募したというが、そんな本人の予想に反して、たった30人分のなかの一枠を獲得し、結果、18億円もの研究予算を受理する権利を得ることになる。

「その後5年間は莫大な資金があるからこそできるテーマで、マウスの大規模な遺伝子スクリーニング研究と創薬研究という2つのプロジェクトを始めました。しかし、帰国後ゼロからのスタートで、他の採択者に比べて早々と結果を出せずにいる状態を批判されることもありました」

「この期間、実はテキサス大学にも籍を置き続け研究を続けていたから、年間約6往復してましたよ。時差ボケはしょっちゅうで、寝不足状態が続いたね。睡眠学者としては皮肉なことですが(笑)」

また、FIRST採択以前の2001-2007年の間にはERATO(エラトー・科学技術振興機構)という別の科研費に採択され実験場所も同時に提供されていた柳沢氏。その際、科研費支援期間をすぎても安定して研究を続けるためには確固たる研究拠点を持つことが重要だと痛感したそう。これらの経験を踏まえて日本で本腰を入れて研究を続けることに決めたという。

柳沢正史 IIIS

日本になくてアメリカにあるチャリティー経済とベンチャー経済

同氏は、アメリカの研究機関における資金の流れを説明する中で、日本経済にはほとんどなくてアメリカ経済で発達しているものの中に「チャリティー経済」と「ベンチャー経済」がある、と語った。

「アメリカでは、ベンチャー企業の資産だけでも多くを占めています*1。同様にチャリティーの文化も根強く、寄付金額の桁は、日本とは2桁異なるほど*2。実際、アメリカでの研究所の多くは地元の寄付金でほとんど成り立っています。テキサス大学州立大学でありながら、州からの運営費交付金は微々たるものでした。その証拠に、施設内には寄贈者本人の名前がついた建物を多くみることができる。大学だけでなく、全米の様々な研究施設や、最近では中国でもそういった寄付活動の潮流がみられます」

*1:2015年のStanford Businessによると市場全体におけるベンチャーキャピタルの割合は57%、研究開発においては82%を占めている。

*2:平成17年内閣政府税制調査会資料によると家計毎の平均年間寄付額は日本ではおよそ30ドルであるのに対しアメリカではおよそ1600ドルである。

テキサス大学が位置するダラスも世界レベルの資産家が多いことで有名だ。しかし、なぜ資産家は寄付活動に精力的なのだろうか?

「寄付活動の主なモチベーションのひとつは税金対策。それと、言い方は悪いかもしれないけれども、売名行為もあります。名を成して功を成すといった感じでしょうか。アメリカ社会では成功者による『還元』が非常に合理的なのです」

 

寄付活動が合理的だという背景には、その税収制度がある。日本と異なる点として、寄付金は公式な手続きをとることで通常は免税となることが挙げられる。大富豪は資産の大部分が税金として強制的に徴収されてしまうため、「ならば自分の意志で使い道を決めたい」と考え寄付活動を行うのだ。

また、社会的な風潮として、アメリカでは成功者は社会への還元を求められる。資産家コミュニティー内外で、評判を保ち名前を広めるためにも、寄付活動はアメリカ社会に浸透しやすかったのだろう。

「近年、日本でも貧富の差が大きくなりつつあると危惧されていますが、日本の企業の社長と新入社員との収入の比はせいぜい10~100倍。アメリカでは1000~10000倍になることが少なくないことからも、やはりアメリカにおける格差が大きいことは明らかです。日本は社会主義的な側面が強いことが、チャリティー経済が発足・普及しない理由なのかもしれません」このように資金の動きを説明しながら、柳沢氏が一貫して主張するのは「貧乏なラボには行くな」ということ。やりたい研究を続けるためには研究費は深刻な問題なようだ。

柳沢氏が若者と行政に物申す―「面白ければいい」

「一度は海外に行け」

そう力強く述べた柳沢氏は、近年の若い研究者の海外離れをひどく危惧していると語る。「2001年からの10年間であらゆる分野において北米への渡航および滞在を果たした研究者人口は3分の1にまで減り続けています。今の若者は将来を心配しすぎです。自分の将来をパワーポイントで全部プレゼンできるほど計画立てないと動けないのかもしれない」と、若者の過度に保守的と感じられる態度を批判した。確かに何もできない立場には行くべきではないし、直近の大まかな計画は持つべきではあるが、あくまで「大まか」に考えてよいのだという。

柳沢正史 IIIS

「今の若者は頭が良すぎて、考えすぎるあまり動けずにいます。おもしろければいいじゃん!」と、すこし茶目っ気を出して語る柳沢氏。

「研究者なんて、楽しみを追及しないとやっていられない。そのためには、まず心の自由を持つことが大事です」こう主張する柳沢氏は、自分にフィットした環境を探すことの重要性を指摘した。

日本はトップ大学は東大と決まっている一方でアメリカはトップ大学が数多く存在する。そしてトップの大学には、資金も機材も人材も揃う、いわゆる「いいラボ」が多く存在する。どの大学も偏差値以上の特色を持っているため、やりたいことベースで自分に合ったラボを選択できるのはアメリカの強みであり、だからこそアメリカの大学へ行くことを勧めるそうだ。

また、現在の日本の科学技術政策の問題点として、科研費のサポートにも触れた。現在の科研費の採択基準のひとつとして研究分野の領域指定が存在している場合がしばしば見受けられる。しかし、柳沢氏は、面白い研究をやっている研究者であれば領域を問わずに採択するべきだと主張する。さらに、予算が付く期間が短く細切れになっていることも批判した。短期で結果を出せる研究はそう多くないがゆえ、より長期的な視点で投資をするべきではないか、とも付け加える。

 

「今度、ERATOの役人が採択基準となる領域について聞きに来ますが、言うことは決まっています。『領域なんて決めるな』ですね」

 

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