プログラミング歴1年からの「未踏」への挑戦―未踏プロジェクトの裏側に迫る【前編】

国中の天才を集める国家プロジェクト―そんなフィクションのような世界が、実は日本にもあることをご存知でしょうか。

未踏プロジェクト(以下、未踏)」は、創造的なIT人材の発掘と育成を目的としたIPA主催のプロジェクト。毎年春先から夏頃にかけて、主にソフトウェアをベースとした独創的なアイデアを募集します。個人・グループは問わず、プロジェクト期間中に日本に在住していれば応募は誰でも可能(詳細は公式HPより要確認)。毎年、採択数に対して応募は3〜4倍にも上る非常に人気の高いプロジェクトです。

書類審査とプレゼン審査を経てプロジェクトが採択されたら、採択者はPM(プロジェクトマネージャー)のサポートを受けながら、およそ8ヶ月かけて自身のプロジェクトを完成させます。もちろん、各PMは採択者のプロジェクトの領域におけるトップクラス人材。さらに、プロジェクト期間中は1プロジェクトあたり最大200万円以上の予算が国から支給され、採択者はこの予算をもとに開発を進めることができます。プロジェクトの最後には、全採択者が8ヶ月をかけて完成させた成果物を発表する「成果報告会」をおこないます。

その存在を知る人々からは「天才集団」と目される未踏プロジェクトですが、これまでその内実に関する情報はそれほど多く発信されてきませんでした。
一体未踏にはどのような天才が参加しているのか?彼らはこれまでどのような人生を歩んできたのか?そんな疑問を解決すべく、Lab-On取材班は未踏参加者の素顔に迫りました。

板摺貴大さん(早稲田大学 大学院 先進理工研究科 物理学及応用物理学専攻 修士2年)
2017年未踏プロジェクト参加者。未踏では運動を音に変える「可聴化」と運動に合った楽曲推薦の技術を用いた運動サポートアプリ『RhythMo!』を開発。

流れ流れて辿りついた先で―化学好き少年、情報工学に進む

――本日はよろしくお願いします。まずは、板摺さんのプロジェクトについてお話を聞かせてください。

僕が開発したのは、運動している自分の体の動きが音になり、さらにその動きにフィットした楽曲を自動で推薦してくれる『RhythMo!』というアプリです。動画の初めの部分を見ていただくのが早いかもしれませんね。

中学生の頃から今もバレーボールを続けているのですが、実は昔から練習が嫌いで……(笑)技術なんて試合をたくさんこなしていればどうにでもなるだろうと。しかし、基礎練習は上達のためにやはり欠かせないので、もっと楽しく基礎練習ができないかと考えていました。

もともと僕は音楽も大好きで、太鼓の達人のような音楽ゲームもよくやります。そこから「音楽にノッて体を動かしているうちに、スポーツも上達したらサイコーじゃないか!?」と思いついたのが、着想のきっかけです。好きな音楽がレコメンドされ、それに合わせて練習ができれば、その音楽を聴くたびにステップの感覚を思い出してイメージトレーニングを反復することもできます。

――ご自身の日常の中から課題とその解決方法のヒントを見つけられたんですね。可聴化のような情報工学系の技術には、もともと興味を持たれていましたか?

はじめから情報工学に興味があったわけではなく、興味の向く方に流れ流れた結果、いまここに辿りついたんです。少し時間をさかのぼってお話します。

小中学生の頃から生きものを飼うことや自由研究が好きで、高校は実験や理科の授業が充実している学校に進みました。そこの化学の先生がとても面白かったので化学が好きになり、熱心に勉強するようになって。
しかしあるとき、化学のより深いところを理解するためには、量子力学を学ぶ必要があると気づいたんです。そこから物理を始めたら、今度は物理が面白くなってしまって……。その結果、大学は物理系の学部を選びました。

――物理学専攻からさらに現在のご専門である情報工学に進まれるまで、どのような経緯があったのでしょうか?

学部3年次の研究室選びの際、はじめは理論物理学に進もうかと考えていましたが、ひとまずいろいろな研究室に見学に行ってみたんです。いま僕が所属している森島研も、指導教官の森島先生の授業を受けて「面白いな」と思ったので、研究室を訪問しました。
森島研ではどの学生も一人ひとつかならずプロジェクトを持っていて、メンバーが皆とても熱心に自分の研究をしています。その姿にとても強く惹かれ「自分も学生時代は研究に熱中したい」と思うようになり、森島研に進むことに。

当時は、修士号を取ったあとは絶対に民間企業に就職をしようと考えていました。そのため、理論物理学よりも情報系に進んだ方が、作りたいものを作れるようになるはずだと考えたことも理由のひとつですね。

――化学への関心からずいぶん遠くまで辿り着かれたんですね。現在は、どのような研究をされているのでしょうか?

スポーツ映像の自動要約をテーマにしています。僕は、スポーツを観ていると試合をしたくなってしまうタイプなので、もともとテレビでスポーツを観戦するのが好きではないんです(笑)スポーツ中継の映像は、観客が盛り上がっているシーンや審判のシーン、スローでのリプレイなど、試合に直接関係ない映像が多く含まれています。試合の面白いところだけを自動的に取得して、ハイライトのようにギュッと縮めたものを作れないかと学部時代から考えていました。

しかし、たとえばバレーボールでは、すばやく動く選手や小さなボールを映像内でコンピュータに自動で追跡させるのは至難の業。そのため、学部時代はコートをトラッキングして要約を作る研究をしていました。
いまの研究では、試合が白熱している「面白いラリー」だけの自動要約を作ろうとしています。「面白い」の手がかりを探すためにコートをトラッキングしたり、観客の声などの情報を手がかりにしたりする一方で、選手やボールが追跡可能になるように一般的な物体追跡のタスクにも挑戦しているところです。

「プログラミング歴1年のパソコン音痴」から未踏への挑戦

――板摺さんのこれまでを振り返ると「何かを目指していた」というより、「そのときどきで出会った人や状況から、新しいところに向かってどんどん方向修正をしている」という印象を受けました。

そうですね。むしろ、いろいろな種類の経験が自分のアイデアや発想を支えていると感じるので、「これ」と決めてそれだけをやるよりも、どんどん新しいことに触れていきたいです。本当に好きなことはいろいろな経験をしながらでも勝手に続けていると思うので、これからも吸収と継続の両方を心がけます。

――未踏に参加されたのも、やはり環境から影響されてだったのでしょうか?

はい。実は、森島研には過去にも何名か未踏に参加した先輩がいて、一つ上の先輩に声をかけてもらったことがきっかけでした。「何かアイデアないの?」と訊かれて、別のアプリコンテストに応募しようと考えていた『RhythMo!』のアイデアをぽろっと呟いたんです。そしたら「それいいよ!未踏に出そう!」と言われ、そこから慌てて書類を書いて……という感じで始まりましたね。

――未踏参加前に「どんなすごい人たちが集まるんだろう?」と不安を感じることはありましたか?

「大丈夫なのか……?」という思いはありましたね。というのも、意外に思われるかもしれませんが、実は学部時代はブラインドタッチすらできず、パソコンも検索にしか使えないほどの「超」パソコン音痴で……(笑)そんな自分がソフトウェアの天才たちのなかでやっていけるのかという不安もあり、「そもそも一次審査なんてめったに通るわけがない」という気持ちでアイデアを提出しました。

提出から1ヶ月以上経っても何の音沙汰もなくて「ぜったい落ちたな〜、悔しいな〜」と思っていたら、忘れかけた頃に連絡が来たんです。2次選考では全PMの前でアイデアをプレゼンしましたが、その場で阪大の某先生にボコボコにやり込められて、「あ、これはぜったい落ちた」と確信しました(笑)

しかし、未踏の選考には画一的な評価基準はなく、個々のPMが「一緒にプロジェクトをやりたい」と思った候補者を指名できる仕組み*があります。そこで運良く、ヒューマンコンピュータインタラクションを研究されている五十嵐PMに拾っていただけて。ラッキーでしたね。

参考*:日本でトップ1%の子どもたちを育てたい「未踏ジュニア」の裏側に迫る

――プロジェクト開始後、まずはどのようなことから取り組みましたか?

アプリに使うプログラミング言語の習得から始めました。『RhythMo!』はアプリ内でブラウザを開くハイブリッドアプリという形のアプリで、主にJavascriptで書いていました。実は、プログラミングを始めたのが学部4年次に研究室に配属されてからだったので、実質プログラミング歴は1年ほどで未踏に参加したんです。ほぼ初心者だったと言っても差し支えないですね……。

――「パソコン音痴」は伊達ではなかったんですね……(笑)そのような状態からスタートされたのであれば、プロジェクト中に苦労されたことも多かったのではないでしょうか。

アプリ自体を作ったことがなかったので、0から自分で勉強しなければいけなかったということはひとつ挙げられます。もうひとつは、音の要素を持たないデータを音に変える「可聴化」というまったく新しい分野で、何をどう可聴化するのが正解かわからなかったということです。この分野に足を踏み入れたのは、かなり未踏的な取り組みだったと思います。

提示する音によって人に与えられる影響が異なるので、音の種類や影響との関係を調べるところから始めました。リサーチにかなりの時間を使ってしまい、最後の2週間はほとんど実験詰めの日々です。自宅のある神奈川県から千葉県にある出身高校まで毎日通ってアプリの実験を行い、夜な夜なコードを書き直してまた実験をして……というひたすら泥臭い作業を繰り返していました。

――努力をされた分、アイデアがかたちになった瞬間の喜びや、最終発表での達成感も大きかったことと思われます。特に手応えを感じたのはどのようなときですか?

実験はつらいときもありましたが、作ったものを使ってもらえるだけでなく、さまざまなリアクションが得られて楽しかったです。実際にアプリを使った選手から「スピード感がつかめた」などのポジティブなフィードバックをもらえたときは「おっ」と嬉しくなりましたね。

――8ヶ月のプロジェクト期間を終えて、今回の自身の成果には満足していますか?

未踏での成果発表は終わりましたが、アプリ自体にはまだまだ改良の余地があると思っています。アルゴリズムをもっと簡単にして曲の検索を高速化したり、可聴化で表現される音の質を変えたり、「もっと実用的なものにしたかった」という悔しさは残ります。得点でアプリ使用前後の運動のタイミングを評価するという実験方法も、厳密な正確性は担保しきれていません。
しかし、そもそもスポーツがうまくなるためには自分の頭で「どうすれば上達するか」を考えなくてはならない。『RhythMo!』がその第一歩になればうれしいですし、その意図がより伝わるようなかたちにできたら、アプリとしてもっと良いものになると思います。

後編に続く)

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