アーティストからみるバイオの世界~コミュニティラボBioClubのススメ~

「バイオロジーを本格的に学べるのは生物学の研究者だけ」―そんな先入観を持ってはいませんか?渋谷駅から徒歩約5分の場所にある「BioClub」は、研究者だけでなくバイオテクノロジーに興味を持つ様々な人々が集うコミュニティラボとして機能しています。お洒落なカフェさながらのコミュニティスペースの奥には、本物の実験室が。

どこか温かみのある実験室の中には、クリーンベンチやオートクレーブ、培養器が揃い、本格的な実験を行うことが可能です。毎週火曜日の19時からは、誰でも参加できる実験やワークショップ、さらには海外から招いたバイオアーティストによる講演会など、さまざまなイベントが開催されています。

そんなBioClubですが、バイオを専門的に学んだ研究者が運営しているのかと思いきや、そうではありません。運営を担っているのは、同クラブの創立者でもあるウィーン出身のアーティスト Georg Tremmel(ゲオアグ・トレメル)氏です。

ゲオアグ氏は、生命科学やバイオテクノロジーと関連する作品を生み出す新しい芸術分野「バイオアート」のアーティストとして活躍しています。

バイオアートをもう少し具体的に説明します。例えば以下の画像は、細菌培養用の寒天培地に描かれたサンディエゴのビーチ風景ですが、このカラフルな色付けは絵の具を使ったものではありません。蛍光タンパク質(GFP)という特殊な成分によって発色した細菌を使って描かれたものです。GFPを細菌に組み込む過程で遺伝子組み換え技術が使われており、まさにバイオテクノロジーと絵画が融合した作品となっています。

https://en.wikipedia.org/wiki/File:FPbeachTsien.jpg

他にも、電子顕微鏡で撮影された微生物の白黒画像へのCGの色付けや、植物の光合成を利用した印刷など、ユニークな作品が数多くが残されています。

ゲオアグ氏自身も、バイオアート作品をの制作活動を精力的におこなっています。たとえば「Common Flowers / Flower Commons」は、遺伝子組換え植物である青いカーネーション「ムーンダスト」を自宅で手軽に育てるという、なんともロマンチックな試み。また、故人のDNAを樹木に組み込んで墓標にする「Biopresence」というプロジェクトは、イギリスで大きな議論を巻き起こしました。

「バイオテクノロジーとは何か」ひいては「生命とは何か」という哲学的な問いを探っていくかのような作品を生み出すゲオアグ氏。「バイオ」と「アート」は一見まったく別の分野に思えますが、なぜ今、アーティストはバイオロジーに着目しているのでしょうか?そして、ゲオアグ氏がコミュニティラボBioClubを主催する目的は一体何なのでしょうか?お話を伺うと、研究者とは異なる視点からバイオテクノロジーをとらえることの面白さが見えてきました。

「バイオロジー」に着目するメディアアーティスト

韓国での作品展示のため、遺伝子組換えの青いカーネーション「ムーンダスト」を組織培養法で増やしていたゲオアグ氏

ウィーンの美術大学で学んだのち、ロンドンの国立美術大学でメディアアート(芸術表現に新しい技術を利用する美術)を専攻したゲオアグ氏。美大時代に出会った先生がきっかけで、アートとサイエンスの融合に興味を持つようになったといいます。その後、ジョー・デイヴィスなどの数々の「バイオアートの巨匠たち」との交流から多くの刺激を受け、今もなおバイオアーティストとして世界中で活動を続けています。

「バイオロジーにまつわる制作活動をすることで、見る人に伝えたいことは何か?」と問うと、意外な答えが返ってきました。

「作品を通して何かを伝えたり、作品にメッセージ性を持たせようという気持ちはありません。私のアーティストとしての役割は、メディアが持つ可能性や将来性を探ることだと思っています。コンピューターがメディアになったように、これからはバイオがメディアになる時代がくるでしょう。バイオをアートという手段で表現することは、わたしにとってメディアの形を探るための行為なのです」

同氏は、「メディア」という単語を「情報を伝達するものすべて」あるいは「モノとモノの境界面」と定義します。20世紀はコンピューターという技術がインターネットを介してメディアになったことで、コミュニケーションの在り方が変わり、社会や人々の生活が大きく変化しました。ゲオアグ氏は、これと同じことが今バイオロジーでも起きていると主張します。

「近い将来、メディアが今よりもより小型化すれば、身体の中にメディアを埋め込む技術が生まれ、私たちの身体の一部がメディアそのものなるかもしれません。そのとき、私たちは私達自身の身体を使ってどのような新しい表現、つまりメディア表現を切り拓いていけるのか。その可能性を追求することが、私のアーティストとしての使命です」

ゲオアグ氏は、岩崎秀雄 教授(早稲田大学大学院)の研究室内に設置されている「メタフォレスト(metaPhorest)」の創立メンバーの1人であり、実際にそこで研究・制作活動もおこなっています。そこは大学所属の生命科学の研究室でありながらも、制作活動のために実験をやりたいアーティストが実験設備やセミナーを科学者と共有できるという珍しい研究室です。バイオロジーを扱うアーティストとして、まずは自分自身でバイオロジーを学ぶことが大切なのだとゲオアグ氏は語ります。

「考え方のバックグラウンドが異なるため、アーティストと研究者のコラボは難しい事が多いです。たとえばメディアアートの場合、これまではメディアというフィールドでアーティストが表現活動をしたい場合、プログラマーとコラボして作品を作るのが通例でした。

しかし、アーティストが本当に表現したい意図をプログラマーが正しく汲み取れるとは限らない。むしろ芸術家と技術者のあいだには、バックグラウンドや知識の量と質の差による乖離が生まれます。そのため最近は、より自分が望むメディア表現に近づくために自力でプログラミングを学ぶアーティストが徐々に増えつつあります。

これと似たようなことが、実はバイオロジーの分野でも起こり始めています。大学でバイオの教育を受けていないアーティストが、自分でバイオロジーの原理や実験上のテクニックを学ぶようになっているのです。基礎から最先端までのテクノロジーを専門的に学ぶことで、より自身の表現を先鋭化させるためです。PCR(DNAを増幅するための手法)を自前で使用するためにはどうしようか、遺伝子組換えに必要なプラスミドの扱い方はどうしようかといった、かなり高度なところにまで興味を持つアーティストもいますね」

BioClubの役割①――DIYバイオのアクセラレータ

ゲオアグ氏のようなバイオアーティストに限らず、バイオを専門としていない人々が遺伝子やバイオ技術を取り扱おうとする動きが加速しています。このような活動は「DIYバイオ」と呼ばれています。素人が何かを自分で作ったり直したりするという意味のDIY(Do It Yourself)を、バイオロジーの世界にあてはめた言葉です。

生物学の実験は、研究室という閉じられた世界で、限られた研究者しか行うことができないと思われているかもしれません。しかし、バイオロジーの技術を使って独自のアイデアを実現させたいと考えるホビイストや起業家が、人々にとってより身近なところで創意と研究のはざまをいく活動を活発化させつつあります。

コンピューターやインターネットが今日のように普及した背景には、大きな夢を持ったプログラマーたちによる独自のソフトウェア開発、DIYの存在がありました。同様に、DIYがバイオ領域でも普及することで、いつの日かバイオがインターネットのように多くの人々にとって身近なものとなる未来が訪れるかもしれません。

「今の日本では、大学や研究所といった一握りの空間でしかバイオテクノロジーを扱うことはできません。しかし海外では『DIYバイオ』が色々なところで起こっていて、小さなPCRマシンを自作する人もいます。コンピューターがより小型で高処理になった背景にDIYがあったように、みんなが自分で機械を使って実験できるようになれば、バイオロジーに大きな変化が起こると考えています」

とはいえ、自分が全く経験したことのない分野の知識を自ら開拓したり、必要な資機材を個人で手に入れることは難しいのが現実。バイオ実験には安全面・環境面のリスクが伴うものなので、個人が簡単にアクセスできないような法律が整備されているからです。そこで、学ぶ機会と必要な道具を提供して、バイオテクノロジー初学者のファーストステップになることがBioClubの役割であると、ゲオアグ氏はいいます。

「大学に行くことは素晴らしいことですが、それは1つの選択肢でしかありません。BioClubには、高校を卒業して大学に行かずにそのままフリーの研究者になった人もいます。今では、大学や研究所の外でリアルなサイエンスをやることも可能です。そのような活動のアクセラレータとしてBioClubが機能することを願っています」

BioClubの役割②――バイオロジーへの理解と議論を促すコミュニティ

毎週火曜日19時から開かれるWeekly meetingの様子

大学や研究所に属さない人々でもバイオ実験ができるBioClub。しかしゲオアグ氏は、このクラブの最も大きな役割は「ディスカッションを生み出すこと」であるといいます。

「20世紀がコンピューターの時代だとすると、21世紀はバイオロジーの時代になるはずだと確信しています。過去にコンピューターがたどってきた技術革新の道を、今まさにバイオロジーがたどっているところだからです。どちらも、私たちの生活や社会に対して非常に大きな影響力を持っており、技術の進歩によってますます身近になっていきます。」

「だからこそ、技術発展の先にどんな希望やリスクがあるのか、ディスカッションを通してみんなで考えていかなければならない。そのためには、利用者である一般の人々ひとりひとりがバイオロジーを理解して、自分の意見を持つ必要がある。これが、バイオロジーコミュニティとしてのBioClubを開いた一番大きなモチベーションですね。人々がもっとバイオロジーの知識をつけて、議論が交わされる機会を提供したかったのです」

ある技術が新しく開発されたとして、それが倫理的・道義的に許容されるのかは、研究者のみならず、社会全体での議論が必要です。たとえば、ここ数年で急速な進化を続けているゲノム編集技術。この技術を用いた農作物はすでに開発されていて、世界の食糧問題を解決する糸口になると期待されています。ゲノム編集によって作り出された食物があたりまえのように出回るのも遠い未来の話ではないとも言われています。

しかし、ゲノム編集技術が、厳しく規制されている「遺伝子組換え技術」とどこが違うのか、一般市民の理解は広がっていません。人々の理解が追いつかないままに新しい技術がどんどん身近になっていく中で、バイオロジーへの理解と議論を社会の幅広い人々の中で生み出すこと。これが、アーティストであるゲオアグ氏がBioClubというコミュニティラボを通して実現したいことなのです。

「毎週毎週、次のイベントを楽しみにしているんだ。いつだって次がベストと思えるくらい楽しいイベントを作るように心がけているよ!」と笑顔で語るゲオアグ氏。そこで出会う人、起こる出来事、そのすべてから自身の作品へのインスピレーションを受けているそうです。

まったく異なる視点からバイオロジーをとらえる彼の姿は、実験や論文に日々追われがちな研究者に、新鮮なインスピレーションを与えてくれるかもしれません。コミュニティラボ「BioClub」に足を運び、自分の研究を多様な視点からとらえるきっかけを得てみてはいかがでしょうか。

関連キーワード
コラムの関連記事
  • 理系が企業で働くってどういうこと?——『バイオ技術者・研究者になるには』著者・堀川晃菜さんインタビュー
  • 宝石化する、表情までくっきり……いろんな「化石になる方法」を紹介
  • アーティストからみるバイオの世界~コミュニティラボBioClubのススメ~
  • いま、自分が解決すべき踏まれていない領域。それこそが「未踏」―未踏プロジェクトの裏側に迫る【後編】
  • プログラミング歴1年からの「未踏」への挑戦―未踏プロジェクトの裏側に迫る【前編】
  • golden gate bridge san francisco
    Air Miners -discovery of value in the atmosphere-
おすすめの記事