理系が企業で働くってどういうこと?——『バイオ技術者・研究者になるには』著者・堀川晃菜さんインタビュー

「民間企業で研究しようか、アカデミアの世界に進もうか」「研究テーマが基礎的すぎて、自分の知識を企業で活用できないかもしれない」

こう悩む理系学生は、決して少なくありません。これらの悩みを解決するヒントが多く詰まっているのが、『バイオ技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)です。

この本は、1971年から続く同社の人気の職業ガイドシリーズ「なるにはBOOKS」の1冊。本書のテーマはバイオ(バイオテクノロジー、生命科学)ですが、「就職活動(就活)で大切なのは、学生時代の研究テーマではなく、研究に取り組む姿勢や専門的な内容を自分の言葉で伝える能力」といったことが書かれているなど、他の分野の大学生が読んでも大いに参考になります。

今回は、『バイオ技術者・研究者になるには』の著者であるサイエンスライターの堀川晃菜さんに、企業と大学での研究の違い、就活に向けたアドバイスなど、取材の中で感じたことについて話をうかがいました。

堀川 晃菜(ほりかわ あきな)
新潟市出身。長岡高専への進学を機に理系の道へ。東京工業大学生命理工学部に編入学し、同大学の大学院で生体分子機能工学を専攻。修士修了。農薬・種苗メーカーを経て、日本科学未来館の科学コミュニケータ―に。その後、JBpressの編集・記者を務め、現在はフリーランス。著書に『バイオ技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)がある。

 

バイオ関係の仕事を知りたいニーズが高まっている

——堀川さんにとって初の著書ですね。おめでとうございます。どういう思いでこの本を書きましたか?

堀川:この「なるにはBOOKS」シリーズの主な読者層は中高生です。そこでまずは、バイオの魅力を紹介して、こういうお仕事があることを知ってもらいたいと思って書きました。

ただ、第3章の「なるにはコース」では、就職の実際を紹介するなど、多くの大学生が感じる将来への悩みや不安にも寄り添えるよう意識しました。「自分の研究テーマは企業の業務内容と一致しない、どうしよう」といった悩みは、就活当時の自分も抱えていたことです。そうした悩みを解決できるような情報もなるべく盛り込むようにしました。

——本書を書くきっかけを教えてください。

堀川:企画自体は出版社の中ですでに決まっていて、知り合いから依頼されたのがきっかけです。「なるにはBOOKS」のシリーズには、学校の先生からアンケートを通じて意見が寄せられるのですが、理系の仕事、中でもバイオ関係の仕事を知りたいニーズが高まっているようです。私が大学で生命理工学部を専攻していたこともあり、ライターとして紹介されました。

——本書では6名の技術者・研究者のインタビュー記事があります。食品メーカー2名、種苗会社、化粧品メーカー、化学メーカーからそれぞれ1名ずつ、そして製薬会社の勤務歴がある大学の准教授。この6名を選んだ理由は何なのでしょうか。

堀川:まず、すでに同じシリーズで『理系学術研究者になるには』があるため、今回は民間企業で働く人、もしくは働いた経験のある人にしようと出版社から要望があって。さらに、バイオと一言にいっても幅広いので、食品・農業・日用品・製薬と、分野をまんべんなく取りあげました。

また、基礎研究から開発、製造と、一通りの部署を紹介しています。他にも、出身学部や最終学歴にもバリエーションをもたせ、様々な道筋があることも意識しました。

——本書で取り上げた業界以外に注目すべき業界はありますか?

堀川:今回のインタビューは消費者向け(BtoC)の大手企業で働く人を中心に紹介していますが、研究で使う試薬や機器を扱う企業向け(BtoB)の「縁の下の力持ち」のような企業も多くあります。また、バイオ関係のベンチャー企業も最近は珍しくありません。

普段から馴染みのあるBtoCの大手だけでなく、BtoBやベンチャーにも活躍の場があることは、ぜひとも多くの方に知っていただきたいですね。

企業で研究するか、大学に残るか

——取材した6名は全員、修士卒か博士号取得者です。大学院で数年間研究をしてから民間企業に就職したことについて、どのようなお話を伺えましたか?

堀川:特徴的だったのは、ほとんどの方が学生時代に基礎研究をやっていて、そこでの経験が民間企業への就職につながったということです。

基礎研究に面白さを感じる一方で、自分の研究が最終産物として何らかの形となるまでに時間がかかることや、自分が生きているうちに日の目を見ないかもしれないところにもどかしさを感じた、と。研究分野が細分化、複雑化して、出口が見えない感覚になったと話してくれた方もいました。

そこで、民間企業で働いて、製品として研究が具体的な形になるところまでを見たくて就職を選んだそうです。一度は学術研究に真剣に向き合ったからこその選択なのだと思います。

——ただ、民間企業での仕事は大学の専攻内容と直接関係しないことがほとんどだと思います。自分の生き方の方針を大きく変えるわけですが、その点についてはどのようなお話をされていましたか?

堀川:確かに、大学で専攻した内容とは直接関係ない分野で働くことは勇気が要ります。企業の場合、必ずしも希望した部署に配属されるとは限りませんし、部署異動すれば業務内容が全く違うことだってあり得ますから。でも、今回取材した人はみなさんはどんな仕事に対しても好奇心をもって前向きに楽しんでいますね。知的好奇心の強い人や、与えられた環境を楽しむ意志のある人であれば、どのような場所でも目標を見失わずに適応していけるのだと思います。

自分の仕事を早く製品やサービスにつなげたい、いろんな仕事をしてみたいと考えている人は、企業での研究開発が合っているのではないでしょうか。

——反対に、アカデミアでの学術研究に向いているのはどのような人だと思いますか。

堀川:ひとつのことにじっくり取り組み、長い時間をかけてでも未知の問いを解きほぐすことに楽しさを感じられる人ではないでしょうか。分野が細分化する中で、自分がその界隈のどこにいて、どのような知識が足りていなくて、研究の目標達成のために何をどのような順序で成すべきかを判断できる能力があれば、アカデミアで活躍できると思います。

——アカデミアの世界に進むか、企業に就職するかどうかで悩む大学生や大学院生は多くいます。今の話を聞いていると、自分がどちらで楽しめるかどうかが鍵になりそうですね。

堀川:そうですね。今まで学んできたことだけにとらわれずに、これから自分が何をやりたいか、何に楽しさを感じるか、そして自分の性格がどちらにマッチしているかを見極めることが大切だと思います。

研究テーマよりも研究への姿勢が大切

——理系学生が企業に就職するとき、「研究テーマが基礎的すぎて、自分の知識を企業で活用できないかもしれない」と悩む学生は多いと思います。そうした学生へのアドバイスはありますか?

堀川:私もかつて同じ悩みを抱えていました。今の研究テーマに関係する仕事を探すのもひとつの方法ですが、あまりこだわる必要はないと思います。仕事では、日々生まれる課題をどう克服するかという論理的な思考力が大切です。

実はその能力は、研究を通じて得ることができるもの。課題の本質を見抜き、仮説を立てて検証し、それを繰り返すアプローチは、アカデミアでも企業でも共通です。

——企業の採用面接で、研究テーマを説明するのに苦労するという学生もいます。

堀川:学生の場合、研究テーマは自分で選ぶ場合と研究室から与えられる場合とがありますが、どちらにせよ、自分の中でどういうビジョンを描いているかがポイントです。

採用担当者も、新しい知識や感覚をもつ人を欲しがっていると思います。その意味では、研究テーマがマイナーであるほど武器になると考えることもできるかもしれません。他の人が掘らないような部分を掘って独自の嗅覚やセンスや身につけている人は、環境に新しい風を吹き込んでくれそうだという期待感をもたれることもあるようです。

また、ニッチな研究テーマをある程度の深さまで突き詰めることで「こんなことを知っているのは日本では私だけです」とアピールできれば、「この人はここまで究めたんだから、他のことも究めてくれるかもしれない」と受け止めてもらえるはず。むしろ、究めたことがひとつもないと、この人のやる気はその程度かと思われてしまいます。

研究テーマそのもので勝負が決まるのではなく、どのくらいの情熱をもっているか、それを自分の言葉で伝えられることが大切です。

——どんなにマイナーでも、自分の研究テーマに自信をもちましょう、ということですね。

堀川:はい。そして研究テーマの知識だけでなく、自然科学全般の素養はもったほうがいいとみなさんがおっしゃっていました。今の時代は物理や化学、工学、生物など、いろんな分野がオーバーラップするようになってきて、何がどうつながるかわかりません。しかし、異分野間のつながりが思わぬイノベーションを生むことは、特に現代では周知の事実となりつつあります。

すべての分野を詳しく理解しておく必要はありません。こういう分野があると知っておいて引き出しを増やしておくと、難題が出たり新しいことにチャレンジしたりするときに役立つと思います。

広い視野をもって価値観をアップデートしよう

——その文脈で考えると、バイオはメジャーな分野であり、企業で働くにしても多様な業界や職種が想定されます。バイオ関係の仕事に就くことの面白さには何があると思いますか? もちろん、自分が好きな分野で働く楽しさはあると思いますが、バイオ関係特有の面白さがあれば教えてください。

堀川:生命現象自体がわかっていないことが多いので、まずは学術的な面白さがあります。企業での仕事については、昔からある分野でも最先端の技術が使われているところも面白いところです。

例えば、しょうゆという伝統的なジャンルでも、発酵という現象を突き詰めると、やるべきことが無限にあるそうです。化粧品開発では、動物実験廃止の流れを受けて、培養細胞モデルで評価する新しい方法が採用されつつあります。

身近な分野でありながら、新しい技術を実感できるのがバイオの魅力ですね。

——ただ、仕事である以上、面白い、楽しいだけではやっていけないと思います。バイオ関係で働くために知らせたいことや心構えを教えてください。

堀川:本にも書きましたが生命倫理です。動物実験に関することだけでなく、自分たちの手によって生み出したものが人の人生を左右するかもしれないという責任はもってほしいと思います。

特に、食品や医療品などは直接人の体に影響を及ぼすものなので、倫理感や責任感を強く求められる場面も多々あります。そのような意味で、「科学の力で多くの人々の生活を支え発展させていきたい」という使命感を持つ人にとってバイオ業界はやりがいを感じられる分野です。

——最後に、バイオ関係に限らず、大学生へのメッセージをお願いします。

堀川:よく「広い視野をもつことが大切」といわれます。本でも見出しのひとつに出しましたが、曖昧な表現で腑に落ちる人は多くないかもしれません。

私が大学生だったとき、合理主義というか、最短ルートで自分に必要な知識だけを身につければよいと考えていました。でも、自分に何が必要なのか、そもそもどういう世界があるのか、自分ひとりで考えていてもなかなかわかりませんよね。

自分と違う価値観をもつ人に会ったり、憧れの職業以外の人の話を聞いたりすることは、改めて自分を知ることにつながると思います。そうした出会いを経験して自分の考えがアップデートされていくことは、将来の自分のために必要なプロセスとなるはず。

「自分の価値観をアップデートするために、広い視野をもってほしい」ですね。

編集後記

長い間大学で研究室にいると、そこから民間企業への就職など、別の道に行くのは「逃げ」と思ってしまうかもしれません。しかし、就職か進学か迷うのは、どちらの道に自分が進むべきかの「分岐点」に立っているだけです。

これまで自分が歩んできた道を振り返り、堀川さんが言っているように「自分が何をやりたいか、何に楽しさを感じるか、そして自分の性格がどちらにマッチしているかが大切」です。

本では、バイオ研究の概要だけでなく、民間企業で働く人たちのようすや、就活に役立つアドバイスが多くあります。ぜひ手に取ってください。

保存保存

関連キーワード
コラムの関連記事
  • The Ocean Cleanupが太平洋ごみベルトに挑む
  • これがサイエンスライターの生きる道——堀川晃菜さんインタビュー
  • 理系が企業で働くってどういうこと?——『バイオ技術者・研究者になるには』著者・堀川晃菜さんインタビュー
  • 宝石化する、表情までくっきり……いろんな「化石になる方法」を紹介
  • アーティストからみるバイオの世界~コミュニティラボBioClubのススメ~
  • golden gate bridge san francisco
    Air Miners -discovery of value in the atmosphere-
おすすめの記事