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「心」に「脳」からアプローチして、わかったことと残った謎

脳科学の知見から、「心」の謎を解き明かす

「自分」とは一体何なのか、私たちが生きているこの世界は本当に存在しているのか。こうした問いは、これまで文学や哲学の領域で多く扱われてきました。なかなか答えが出るものではありませんが、視点を変えてみることで、思わぬ発見がある場合があります。

そんな問いを、夜通し考え込んでしまったことがある人にぜひ読んでほしい本。それが、『単純な脳、複雑な私』(池谷裕二著、講談社ブルーバックス)です。なぜなら、本書は「心」という文学や哲学の主題として多く扱われてきたものを、脳科学というまったく別の視点から解き明かそうとしているからです。

高校生への講義形式で、最先端の研究もわかりやすく

著者は東京大学薬学部教授であり脳研究者の池谷裕二氏。メディアに出演されることも多く、科学に馴染みのない人に向けた著書も多数執筆されているので、知っている人も多いことでしょう。

本書はその池谷氏が、自身の母校で高校生を相手におこなった連続講義がベースとなっています。全4章構成で、第1章は全校生徒に向けて行った全体講義、第2〜4章は、「心」についてより深く探求したいと感じた生徒9名に対する3日連続の集中講義です。

「はじめに」の中で、池谷氏は本書のコンセプトをこう説明しています。

講義の一環したテーマは「心の構造化」です。ここでは「心」を、意識と無意識を含めた脳の作用全般といった広い意味で使っています。

難解に聞こえるかもしれませんが、読んでみると軽快な語り口で、出版当時の最先端の研究結果がわかりやすく解説されています。豊富な具体例をもとに講義が展開するので想像しやすく、ユーモアもたっぷり。要所には生徒たちとのやりとりも記録された臨場感ある構成で、高校生たちと同じ目線で考えながらテンポよく読み進めることができます。

ニューロンの活動が現実を作る――「真実」は関係ない?

本書がはじめて書籍化されたのは2009年で、講義がおこなわれたのは10年ほど前のこと。当時から現在までに進展した研究も数多くありますが、それでも本書の内容やコンセプトは今なお十分に新鮮で、驚きに満ちたものであり、その具体例には事欠きません。

そのひとつの例として、第1章の序盤で登場する「ピンク色の斑点実験」という映像を紹介しましょう。

 

講談社ブルーバックスシリーズの特設ページより引用

「ピンク色の斑点実験」は「ライラックチェイサー」とも呼ばれ、円状に並んだピンク色の斑点があり、それが一か所ずつ瞬間的に消えていく映像を使った実験のこと。ネット上でも有名なので、試したことがある人もいるかもしれません。円の中心にある黒い点を見つめていると、次第に緑色の斑点がまわっているように見えてきます。そして、じっと見つめ続けていると、なんとピンク色の斑点が消滅し、緑色の斑点しか見えなくなります。

まばたきをしたり、視点をずらしたりすると元の通り円状に並んだピンク色の斑点が見えるので、動画自体が変質したわけではありません。これは私たちの目が錯覚を起こした「錯視」です。

しかし重要なのは錯視そのものではなく、それが起きている時の脳の働きです。私たちがピンク色の斑点を見ているとき、脳内ではピンク色に反応するニューロン(神経細胞)が活動していますが、錯視を起こした状態だと、存在しないはずの緑に反応するニューロンが動き出し、逆に存在しているピンク色に反応するニューロンは活動を停止します。

つまり、脳にとってはニューロンが活動するかどうかが認識を左右するのであって、見ているものがそこに存在しているかどうかは重要ではないのです。このことを、池谷氏は次のような言葉でまとめています。

哲学では「存在とは何ぞや」と、大まじめに考えていますが、大脳生理学的に答えるのであれば、存在とは「存在を感知する脳回路が相応の活動をすること」と、手短に落とし込んでしまってよいと思います。つまり私は「事実(fact)」と「真実(truth)」は違うんだということが言いたいのです。

脳の活動こそが事実、つまり、感覚世界のすべてであって、実際の世界である「真実」については、脳は知りえない、いや、脳にとっては知る必要さえなくて、「真実なんてどうでもいい」となるわけです。

心のコペルニクス的転回を起こす読書体験

本書ではこの他にも、無数の脳科学による研究結果を通じて心の構造を明らかにしていきます。一つ一つのデータは「『心』とは何か?」という大きな問いのための細部なので、深掘りはされませんが、どれも驚きに満ちた研究結果ばかりです。この細部の面白さに夢中になっているうちに、あっという間に読み進めてしまいます。

正しさとは何か、私たちに自由意志はあるのか、無意識は行動にどんな影響を与えているのか……そんなテーマへの脳科学からのアプローチは、それまで常識だと思い込んでいた「心」のあり方を疑うには十分すぎるほど。それはまさに、心のコペルニクス的転回ともいうべき体験です。

ただし、ではこの本に書かれた内容を理解すれば心のすべてを知ることができるかというと、そういうことでもありません。むしろ池谷氏と生徒のやりとりからは、これまで常識とされていた心の姿が崩れたことによる彼らの戸惑いが感じられ、池谷氏も脳科学を“絶対に答えに行き着けないことを運命づけられた学問なのかもしれない”とコメントします。脳について脳を使って考えること、心のことを心で考える入れ子構造は、その性質上矛盾を孕むものだからです。

この本から学べることは、心とは何か? という問いに対し、安直な答えに飛びつくことも、神秘的で不思議なものとして遠ざけることもしない、という態度ではないでしょうか。パラダイムシフトを起こすほどまったく新しい心の見方を示しながらも、研究にもとづいた慎重な姿勢を忘れない。脳科学で「心」を論じることは、そんな風に大胆さと謙虚さを兼ね備えた行為である……その鮮やかな手腕には、あらためて嫉妬してしまいます。

脳科学は「絶対に答えに行き着けない」学問

池上氏は脳科学を「学際型(文理融合型)」と位置づけ、「さまざまな学問を横断し、今まで無縁だった分野を結びつける接着剤の役割を果たす」と補足します。だとすれば、嫉妬の感情を抱くのはナンセンス。抱くべきは、協働への意識かもしれません。

先ほど本文中から「脳科学は絶対に答えに行き着けない」という言葉を引用しましたが、池谷氏はこのことを “脳科学者にとって一番おいしい部分、「解明していくプロセス」は永遠に残り続ける”ことなのだとも書いています。それは完成しないパズルをやり続けるようで、外からは滑稽に見えるかもしれません。ですが、結果ではなく過程を面白がれる人にとっては、むしろ人生をかけて付き合っていけるテーマとなるのではないでしょうか。

どんな学問においても、「心」は永遠の謎であり続けるでしょう。その謎を解き明かすプロセスは、さまざまな学問の叡智を結集することで、より多彩に、豊かになっていくはずです。本書は、そんな風に心をめぐる終わらない旅に繰り出す人にとって、思考を支える杖のような存在になる一冊です。

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