産学連携が生んだ珠玉の日本酒「獺祭早田」―味を落とさない「殺菌技術」とは?

日本の伝統的なお酒である「日本酒」。製法や使う米、杜氏ごとの微妙な技術の違いから、さまざまに豊かな味わいがうまれる。日本各地に存在する酒蔵は、より美味しい日本酒を求めて独自の製法を編み出し、長年趣向を凝らしてきた。

そんな日本酒界隈で、企業と大学研究所の共同研究、いわゆる産学連携によって誕生した新しい日本酒がある。その名も「純米大吟醸二割三分 獺祭早田だっさいはやた)」。

                    箱入りの獺祭早田(ふるさとチョイス

日本酒好きの中でも逸品と評されることの多い「獺祭」シリーズ。醸造アルコールを加えずお米と米麹だけを原料とし、精米歩合も米の磨き具合では日本最高峰と自負される23%を誇る。すっきりと洗練されていて、飲みやすく味わい深いのが特徴だ。通常、酒造メーカーは何種類か違う日本酒を製造・販売するが、獺祭の製造元である旭酒造は獺祭しか作らない。その分、使う米の種類や精米、製法にとことんこだわりを持っている(1)。

伝統手法に代わる殺菌技術「二酸化炭素マイクロバブル」

獺祭早田が他の日本酒と異なるところは、その殺菌処理の過程にある。酒造りの伝統的な手法では、醸造後に保存性を高めるため加熱処理をおこなうのが一般的だ。発酵を終えて絞ったばかりの生酒はフレッシュな香味が特徴だが、生酒中には麹菌由来の酵素や「火落菌」と呼ばれる乳酸菌の一種が存在し、生酒の品質を悪くする。そのため、通常は65℃で3分程度の加熱処理「火入れ」により生酒中の火落菌を死滅させ酵素を不活性化させているが、その熱により酒質が変化し、風味が悪くなってしまうという問題があった(2)。


伝統的な日本酒造り(photoAC

一方で獺祭早田では、殺菌・酵素変性に「二酸化炭素マイクロバブル」を利用している。マイクロバブルとは、その名の通り50µm以下の非常に小さな気泡のことで、発生時の直径は50µm以下と髪の毛の直径(約70µm)よりも小さい(3)。この微細な気泡を溶液中に高濃度に溶解させると、加熱をしなくても殺菌・酵素変性することが可能なのだ。その理由は、マイクロバブルが目に見えるサイズの気泡とは異なる特徴を持っている点にある。

気泡をマイクロ化すると、二酸化炭素は低圧でも高濃度に溶ける

マイクロバブルが持つ最大の特徴は、低圧でも液体中によく溶けること。気泡の体積が小さいので、普通の泡のようにすぐに浮き上がって外気に逃げてしまうことがなく、水中に長時間滞留できる。さらに、「液体中の気泡にかかる圧力は、その半径に反比例する」という法則(ヤングラプラスの式)から、小さい気泡ほど大きな圧力がかかるため、微細気泡は圧力によりどんどん小さくなり(自己加圧効果)、最後は水中で消滅する。このため、二酸化炭素マイクロバブルは、お金をかけて高圧を維持しなくても液体中の二酸化炭素濃度を高めることが可能なのだ。


目に見えるサイズの気泡(ぱくたそ

高濃度に二酸化炭素が溶けると、溶液のpHは低下し酸性に近づく。酸性条件下では、酵素などのタンパク質は不活性化するため、香りを悪くする働きを抑えることができる。さらに、微生物の細胞内に浸透した二酸化炭素によって細胞内pHが低下し、細胞内タンパク質の変性などの生理学的変化が起こることで、菌は死滅してしまう。このようなメカニズムにより、二酸化炭素マイクロバブルは殺菌・酵素変性効果を持っている(4)。

酒造会社と大学研究室の連携プレー

二酸化炭素マイクロバブルについて研究していた明治大学の早田保義教授と小林史幸先生(現・日本獣医生命科学大学食品化学科講師)は、二酸化炭素マイクロナノバブル装置を2007年に開発・発展させ、特許を取得した。この技術に着目したのが、獺祭の製造を手掛ける旭酒造だ。2010年には、この技術を清酒に用いるための共同研究が開始されたが、その1年後に早田教授は逝去。その後を小林先生が引き継ぎ、2013年には旭酒造と新たな特許を出願し技術を確立させるまでに至った。

共同研究の中で、「人間の体温付近に清酒の品質を悪くする温度帯がある」ことを旭酒造から教えてもらったことが小林先生にとって大きなヒントになったという。日本酒製造のノウハウを蓄積した企業と、技術を発展させたい大学研究室の見事な連携プレーである(2)。

科学で証明された「おいしさ」

この新しい殺菌技術は、日本酒の味や香りにどう影響するのだろうか?その後の研究により、処理後も吟醸香の成分量はほとんど減少しないこと、処理後の生酒を急速に冷やすことで香気成分の損失を防止できることがわかった。さらに、実際に人に飲んでもらい味や香りを評価する官能試験では、なんと処理前のものや通常の加熱処理をしたものよりも味・香りともに極めて良好で、非常に飲みやすいとの評価が得られたという(4)。二酸化炭素マイクロバブルで殺菌処理した獺祭早田の「おいしさ」は、研究結果の折り紙付きなのだ。

日本酒飲み比べ(ぱくたそ

故・早田教授の「早田」から名付けられた獺祭早田は、2016年から実際に製造・販売が開始されている。獺祭の値段は種類によってピンキリだが、その中でも獺祭早田は750mlで一万円を超える超高級品だ。殺菌方法だけでなく、使う米、精米歩合、製法すべてが最高峰。ネット通販では現在は売り切れ続出となっているが、一部店舗ではその味を堪能できるそう。産学連携から誕生した新しい味わいの日本酒、一度は飲んでみたいものである。

 

参考
1)旭酒造株式会社 獺祭磨き二割三分物語
2)日本獣医生命科学大学食品科学化
3)マイクロナノバブルとは?
4)低加圧二酸化炭素マイクロ・ナノバブル法の殺菌機構の解析

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