
本記事は、科学技術の発展を目指すために国が策定、実行する「科学技術政策」に関して、第1期から現在実行中の第5期までを振り返る連載企画です。
研究は社会の中でも取り組める―産学官連携が生み出す米国ベンチャー
研究――この2文字から、多くの人が真っ先に大学や国立研究機構を思い浮かべるはずです。もちろん、科学技術と強い結びつきのある企業を思い浮かべる人もいるかもしれませんが、一般的にアカデミアと産業はそれぞれが独立しているイメージを持たれています。
しかし、実は両者が連携することで産まれたサービスやプロダクトは、国内外を問わず数多くあります。「研究力」と「創造力」、そして社会のニーズを探り出す「アンテナ」。いずれをも融資、産学の連携によって成功を収めたアメリカのあるベンチャー企業の技術をご紹介しましょう。
CATALYTIC INNOVATION(以下CI)と呼ばれる米国のベンチャー企業は、電気化学者であるStafford W. Sheehan氏を代表としてエネルギー問題に取り組む化学チームで、総合10位に輝くアメリカのイエール大学と提携。同大学施設のひとつに、環境問題を中心に取り組んでいるCenter for Green Chemistry and Green Engineeringがあり、そこの所長であるPaul Anastas氏はCIのチーフサイエンティストでもあります。
CIの製品に用いられる技術特許もイエール大学が保有。CIはライセンスを取得しているという形となっています。
高度な技術が実現する新時代の下水浄化システム

CIのHPより抜粋
CIは、主に下水浄化装置の開発と製造をおこなっています。同社の研究者たちが新たに開発した電気化学触媒は、電解質のポリマー膜に融合されることによって電解槽に溶解している有機混合物の酸化を促進。それに伴う酸化還元反応産物として陽極からは純粋な二酸化炭素、陰極からは水素ガスを得ることが可能となります。従来と比べて、単一のステップで、かつ高効率で下水の浄化・触媒が可能となる点が最大の強みです。
彼らの技術は2015年にNature Communicationsにも掲載され、産業用としてのみだけでなく学術的にも認められています(Nature参照)。現在彼らの製品は、1964年創業で、アメリカ、フランス、ドイツそしてイギリスの4か国に支社を持つ化学製品取り扱い事業会社Stream Chemicalsを介して販売されています。
また、CIは兄弟会社のThe Air Companyと共同して研究開発およびビジネスを行っています。The Air Companyの会社は、太陽光のエネルギーを用いて水と大気を純粋なアルコールに変換させるような技術を開発・確立を目指しています。また、生成したアルコールはその後製品開発に利用可能だといいます。現在は、産業用のバイオ燃料だけでなく、香料や洗剤、アルコール飲料などにも応用をはかり事業を拡大中のようです(参考)。
「魅力ある技術」とは新しい価値を創造するもの

実際にみるまではその実体はわかりません(Pixabay)
Stafford氏は2015年にイエール大学で博士号を取得済みで、同大学とは縁の深い人物です。35を超える投稿論文のオーサー経験や数々の特許を有し、今後の科学界において注目のとなるでしょう。
多くの場合、人は形にして見せてもらうまで自分は何が欲しいのかわからないもの
これは、かの有名なスティーブ・ジョブズの言葉です。AIが普及し始める現代において、「私たち『人』にしかできないことはなんだろう?」と考える機会も増えてくるでしょう。そこで、"invent(発明)" ではなく "innovation(革新)" は、新しい価値の創造そのもの。CIの開発した下水処理技術も、革新的な技術によって社会がまた一歩大きく歩を進めた好例と言えるでしょう。
今回紹介したStafford氏は、アカデミアで数多くの論文を発表しながら、CIのCEOと兄弟会社のThe Air CompanyのCTOをも兼任するというパワフルな人物。彼は研究という形を通して、ビジネスや産業界にも大きな影響を与えています。
彼ほどの活躍を発揮する人物は稀ですが、こうした越境型の研究者は、今後どの分野においてもニーズが高まっていくでしょう。研究を世の中に還元するひとつの手段として、産学の両界が積極的に産学連携に目を向ければ、よりエキサイティングな未来が見えてくるような気がします。