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「テクノロジーに哲学を」理系出身の出版社社長が語る、技術者に必要な教養【前編】

自律性のある機械の実現には大きな困難があるのだが、一方、本来は自律性をもっているはずの人間が、しばしば自律性を喪失しているように見えることもある。
(西垣通,『生命と機械をつなぐ知』高陵社書店, 2012年, p62)

人の生活を豊かに、生きやすくするための手段として私たちの隣にあるテクノロジー。しかし、日々めざましく進歩を遂げるそれは、恐ろしいほどの速さで更新され続け、生産性を徹底的に要求する。そのさまはまるで、この世界を生き抜ける者だけをふるいにかけているようにさえ見えることがある。

例えば、情報機器を使いこなすことができるか、インフォメーションリテラシーの有無によって、獲得できる情報量には歴然とした差が生じる。便利で幸福な暮らしを実現すべく発展してきた技術のメインステージは、人工知能の領域へと突入した。

そんな現代の技術発展を懐疑的に眺めるのが、株式会社高陵社書店代表取締役の高田信夫氏だ。

理系出身の出版社社長というユニークな経歴を持つ高田氏。水道橋駅西口にオフィスを構え、多種多様な書籍の企画・出版を通してテクノロジー偏重な社会の代案を模索。その傍ら、有機農業で知られる埼玉県小川町に古民家を構え、週末は養蜂や農業を営むという。

私たちはなぜ、テクノロジーの未来を機械の自走に求めているのか? 今日のテクノロジーの在り方に警鐘を鳴らす知識人に、今、理系学生や技術者に必要な哲学について話を伺った。

「テクノロジーに哲学を」理系出身の出版社社長が語る、技術者に必要な教養【前編】
高田信夫さん
株式会社高陵社書店代表取締役、基礎情報学研究会事務局長
1950年東京都生まれ。早稲田大学工学部電気工学科卒業。大修館書店で国語の教科書編集に14年間携わった後、父親が経営する高陵社書店へ。学参本、絵本、マナー本など、幅広い分野の書籍を企画・出版する。著書に『編集者のためのInDesign入門』シリーズ(出版メディアパル)がある。

電気工学科で覚えたテクノロジー信奉への違和感

電気工学科で覚えたテクノロジー信奉への違和感
――現在は出版社の代表取締役を務めていらっしゃいますが、もともとは工学系の学部卒と伺いました。工学の世界に進む原体験などがあったのでしょうか?

中学生の頃からしょっちゅう秋葉原に通ってはラジオやアンプを作っていました。特にオーディオ周りが好きでしたね。電気系に行きたいという思いは、その頃からありました。

その流れで早稲田大学高等学院から早稲田大学理工学部の電気工学科に進学しました。学生運動が盛んな時代で、ちょうど東大の入試がなかった年だったので、周りは「東大に行きたかったけど行けなかった学生」が多かったです。

――高田さんご自身はどんな大学生活を過ごされていましたか? いつ頃から哲学に傾倒されるようになったのかもお聞きしたいです。

哲学にのめり込むのはまだまだ先で、20代の後半に出版社に入社したあとからですね。僕が大学に入学した1969年は全学ストライキの影響で、1年の半分以上が休講。僕自身は政治的なことには関わりたくなかったので、ストライキ中の大学には行かず、当時御茶ノ水にあった文化学院(*1)という学校で、宗教哲学や国文学の授業に潜るような生活を過ごしていましたね。

父が出版社を経営していた影響もあってか、本は昔から身近な存在でした。大学も第二希望は文学部の文芸学科を考えていて、ストライキ休講中は小説を読み漁っていました。そうした経験が、テクノロジー信奉に違和感を覚えるきっかけになったのかもしれません。
(*1) 西村伊作、与謝野晶子らによって創設。2018年に閉校

電気工学科で覚えたテクノロジー信奉への違和感
――高田さんは、無批判的にテクノロジーを過信する技術者や研究者の姿勢を危惧されていますが、そのきっかけになるような出来事などあればお聞きしたいです。

大学4年の頃に千葉県の海沿いの旅館でゼミ合宿をしたとき、酒の勢いもあってゼミの担当教授と大論争をしてしまったんです。当時は公害が各地で問題視されていたこともあり、そのとき僕は先生にこう尋ねたんですね。

「先生は何のためにテクノロジーを学ぶんですか? テクノロジーの進歩は必ずしも人間を幸福にするとは限らないのではないですか?」

教授は当時の早稲田の理工系学部でも特に優秀と名高い教授。しかし彼は、僕の問いを一蹴しました。

「君はそんなことを考えなくていい。テクノロジーが進歩することは絶対に正しいことなんだ」

周りの学生の多くも特に疑問を持つことなく専門の研究にのめり込んでいる様子で、何かが違うんじゃないかと、その頃から徐々に懐疑的になっていきましたね。

――それでも当時は大学院への進学やエンジニアとして就職することも検討されていたのでしょうか? 出版社に入社された経緯もお聞せください。

進学や技術職への就職は考えていましたし、学部時代に自動車会社のエンジニアとして内定はもらっていました。しかし、やはりテクノロジーや理系自体に懐疑的になっていたこともあって、結局断ってしまったんです。それからは総合商社に照準を絞りましたが、ダメだったので就職活動もやめて院試に切り替えたものの、それも落ちてしまって。

卒業後は就職せずに、4年間はちょっとした縁があって夏の間はドイツに通って国際交流のボランティア活動をしていました。26歳くらいからメーカーを中心に就職活動を始めましたが、ブランクを理由にとにかく不採用。28歳になってようやく出版に行き着いたんです。

「人間は主観的な生き物」自己創造と環世界から考える人間と機械の違い

「人間は主観的な生き物」自己創造と環世界から考える人間と機械の違い
――20代の後半に哲学に触れるようになったとおっしゃっていましたが、特に影響を受けた哲学者や理論などを教えてください。

最初はウィトゲンシュタインに興味があったのですが、初めて彼の著書『論理哲学論考』を読んだとき、何がなんだかさっぱりわからず……。そこで、ウィトゲンシュタインよりももっと前の時代を辿らなくてはと考え、行きついたのがカントでした。彼は「人は自らの認識によって世界を形成する」という認識論的主観主義という立場をとっていて、これが僕の今の哲学の基盤にもなっています。

本格的に哲学にのめり込んだのは、基礎情報学研究会の西垣通先生(東京経済大学教授、東京大学大学院情報学環名誉教授)に会ってからですね。

――基礎情報学研究や西垣先生には、どういったきっかけで接点を持たれたのでしょうか?

高陵社書店に移った当時、父の会社は開店休業状態で新刊をまったく出しておらず、ほとんど仕事がなかったんです。そこでなんとかしないといけないと思い、新しい分野の本を出版することを考えていました。

そんなときに、ある編集プロダクションから、学校の先生向けのコンピュータ利用の本を企画してくれないかと頼まれました。当時、学校にパソコンが入り始めて、学校現場ではコンピュータ利用のための参考書の需要が見込まれる状況にあったんです。そこで企画を引き受け、学校向けのコンピュータ利用の本を老舗の教科書会社から出版しました。

それをきっかけに学校での情報教育の世界に入っていき、大学をはじめ小中高の情報教育の先生の人脈ができてきて、自分の会社でも情報教育関連の本を出版するように。一時は「情報教育の本なら高陵社」と言われるほどになりました。

しかし、情報教育に関わっていくうちに、「情報教育は本当に意味があるのか?」という疑問を感じるようになりました。学校での情報教育のメインは、コンピューターリテラシー教育。つまりコンピューターを上手に使いこなすための教育しかしていない気がしたんです。

しかしそれは、コンピューターに人間を合わせているということに他ならないというところに疑問を感じました。そうではなくて、本来の情報教育というのは、「情報とは何か?」という素朴な問いから始まり、情報社会を生きていくための知恵を教えるためのものではないかと思ったんです。

ちょうどその頃に、親しかった高校の情報科の教員から西垣通先生を紹介され、西垣先生の基礎情報学と出会いました。

西垣先生にお会いしたとき、西垣先生も高等学校の情報科の内容をなんとかしたいと思っていらして、高校の情報科の教科書を書くので、それを出版してくれないかと頼まれましたが、それはとても無理な話なのでお断りして、その代わりに出版したのが、『生命と機械をつなぐ知 基礎情報学入門』という本です。


この本になかに、生物学者のマトゥラーナとヴァレラが提唱した「オートポイエーシス理論」や「ユクスキュルの環世界」というものが出てきます。この2つの理論を知ったとき、それまで自分が懐疑的に捉えていた世界を論理的に説明できるようになるんじゃないかという予感がしたんです。

――「オートポイエーシス理論」と「ユクスキュルの環世界」とは、どのようなものなのでしょうか? 高田さんが当時感じていた「テクノロジー進歩への懐疑」と絡めるかたちで教えてください。

オートポイエーシスとは、いうなれば「自己創造」です。この場では、生きものの在り方そのものを指すこととしましょう。対概念である「アロポイエーシス」を、ここではパソコンなどの機械と定義します。情報をインプットをすると内部に電気信号として入力され、決まったアウトプットをするという仕組みです。

「人間は主観的な生き物」自己創造と環世界から考える人間と機械の違い
オートポイエーシスな存在である僕たち生物は、外から情報が与えられても、直接インプットされるのではありません。単なる刺激として受け取り、それに対して脳が反応して作動する。したがって、同じ情報が与えられても、同じ反応をするとは限らないのです。つまり、どのように脳が反応するかは個々人によって差があり、一連の流れは「閉じている」ものです。

例えば、一つの言葉を聞いても、人によって反応はさまざまですよね。それに対して、機械は同じインプットに対して必ず同じアウトプットをする。この点こそが、人間と機械の最も異なる部分と言えるでしょう。

もうひとつの「環世界」という考え方は、種が違えば、主観的に感じられる世界も必然的に異なるという理論です。有名な例ですが、マダニには視覚がなく、嗅覚と触覚だけを頼りに捕食をします。つまり、マダニにとって世界に「見る」という事象は存在せず、「嗅いで触って」感じる世界だけが世界なのです。

これらの理論が「主観で認識することによって世界が形作られている」という認識論的主観主義に結びつきました。人間は客観的にものを見ているようでいて、実は認識によって世界を捉え直して構成しているのです。機械と人間の違いが際立つこの点にこそ、自分が感じている疑問に対する答えの手がかりがあるのではないか、と感じました。

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「テクノロジーに哲学を」理系出身の出版社社長が語る、技術者に必要な教養【後編】

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