
これは、18歳の「エリイ」がさまざまなものを探しにいく物語です。
好きなことがない、したいことがない、夢なんてない。そんな気持ちを抱える彼女は、なんとなく理系を選択し、なんとなく大学に進学し、なんとなく日々の生活を始めます。
「夢や好きなことなんて、なくても別にいーじゃん」と言いつつも、本当は心のどこかで、いつも何かを探している―でも、エリイはいったい何を探しているのでしょうか?そして、「探しもの」は本当に見つかるのでしょうか?
そんな彼女の日々を追いかける物語、「エリイの探しもの」が始まります。
竹見エリには苦手な質問が2つあった。その2つとは、「好きなことは?」と「将来の夢は?」
***
わたしはこの春、大学1年生になった。そして今まだ誰もいない教室で、初回授業の先生を待っている。
入学したのは某国立大の理工学部。といっても、うちの大学では1、2年生のうちに教養科目を一通り学び、本格的に専門が分かれるのは3年生から。
―2年なんて、あっという間だろうな。
入学した瞬間から、いや、合格の報せを聞いたときから、わたしは3年生になる自分を想像すると、漠然とした不安を感じた。
なぜこの大学のこの学部を選んだの?と誰かに訊かれても、はっきりと答えられる理由はない。有名な大学だったから。昔から国語と歴史が壊滅的にダメで、どちらかといえば数学や理科のほうが好きだったから。
けど数学だって理科だって、好きと自信を持って言えるほど好きなわけではない。三角関数、ふーん、なるほどね?まあ、筆者の気持ちを考えるよりは分かりやすいよね。化学反応式?うーん、ナントカのタカウジとかナントカの乱とかを覚えるよりは見てて面白いかも。でも、それだけ。科学が大好きなサイエンスキッズだったわけでもない。かけらも興味を持てないナントカのタカウジを覚えるよりは、三角関数や化学反応式を勉強している方がまだやる気が出しやすかったから、だから理工学部に来ちゃった。本当に、それだけ。
「わたしの中身、空っぽなのかもしれない」ってときどき思う。毎日いろいろなことを考えているようで、本当は何も考えていないのかもしれない。「大学くらいは出ておかないと」とみんな口を揃えて言うし、周りの友だちが受験勉強を始めたからわたしも始めた。最初は我慢して歴史もやっていたけれど、「理系は就職に有利なのよ」とオカーサンが言っていたのを聞いて、去年の4月に日本史の参考書を押し入れに放り投げた。考えてみれば、誰かがこう言ってたから、とか、みんながこんなことをやっていたから、というのを積み重ねてここまで来てしまった気がする。
だから「好きなことは?」とか「将来の夢は?」なんて訊かれるのがすごく苦手。実は自分の中に何もないってことがバレちゃいそうだから。
―まあ、別にいーけどね。あと2年はあるわけだし。
こういうところなんだろうな。あんまり危機感がないというか。なんとかなるっしょ、みんなと同じようなことやってるんだし、っていう。こういうところをそのままにしたまま18歳になっちゃったのが良くなかったのかも。別に、いーけどね。
まあ、ひとまず授業の履修は組まなくちゃならない。新学期初っ端から頼れる友だちをパッと作れちゃうくらい器用ならいーんだけど、そういうわけじゃないんだよね。めんどくさい。さてさて、でも授業ってどうやって決めればいいんだろう。シラバス?ってやつ?
……授業、ありすぎじゃない?なになに、リョウシセイブツガク入門、電子応用解析Ⅰ、環境化学概論、エレクトロニクス初級……よく分かんないなあ。リョウシセイブツガクって何?ていうか、これから始まる授業って何やるんだっけ?授業名は忘れちゃったけど、サブタイトルが「科学とあなたの、未来を考える」とかで、なんかユルそうだし、たまたまこのコマだけ1つ空いちゃったから来てみたけど、誰も来ないな。あと5分で授業始まるはずなんだけど。もしかして休講?
と、そこまで考えたとき、教室の後ろのドアが開いた。
入ってきたのは、髪をポニーテールにまとめた女の子だった。1年生かな?活発そうだけど、ちょっと大人っぽい雰囲気。授業開始3分前。人が来たってことは休講ではない、ってことか。
その子はわたしの斜め後ろの席に座ると、ノートと筆箱を取り出して静かに席に座った。そしてわたしを見て、にこりと微笑んだ。
「こんにちは。1年生ですか?」
「あ、こんにちは。はい、そうです」
「よかった、あたしもなの」
「そうなんだ。この授業、うちら以外に人来ないのかな?」
「そう、だね。もうそろそろ始まるもんね。あたし、佐野由衣子っていいます」
「わたしは竹見エリ。みんなエリイって呼ぶから、エリイでいいよ」
「エリイ!かわいいニックネームだね。あたしはユイコって呼んで。よろしくね」
「ユイコ、ね。うん、よろしく」
なんだ。良い子そう。
「ねえエリイ」
「なに?」
「本当におもしろい授業って、どうしたら見つかると思う?」
「え?」
「あたしね、この1週間くらい、いろいろな先輩とか、あとは大学の履修相談コーナーで授業について相談しに行ってみたの。1年生のうちって必修も多いから、選択で取れる授業って限られてるじゃない?だから本当におもしろい授業を取りたいなあって思って」
「うん」
「でね、いろいろな人に相談してみたんだけど、なんか、ね。新歓で喋る先輩は、出席しなくても単位がもらえる授業しか知らないし、履修相談コーナーの人も詳しい授業内容をすべて把握しているわけじゃないから。なんかアテが外れちゃった感じ。エリイは何か見つけた?」
「うーん、えっと……」
もしかしてこの子、意識高い系?
「あんまり、知らないかも。わたしも履修まだ全然決められてないから。この授業だってたまたま見つけて、空きコマだからいいやって思って埋めちゃっただけなの」
「そっかー。それでね」
ユイコが身を乗り出して話そうとしたそのとき、教室前方のドアが開いた。
第2話へ続く