研究者にとって、学会などの公の場で成果を発表することは、重要な研究活動の一環である。プレゼンテーションに関する注意点やテクニックは様々にあるが、その一つに色覚の多様性、特に色の区別がしづらい人に対する配慮が挙げられる。
とはいえ、一般的な色覚を持つ人からすると、色覚特性を持つ人が区別しづらい色とはどのようなものであるのか、判断に困ることが多いだろう。
この問題を解決し、色覚の多様性に配慮したプレゼンテーションを手助けしてくれるソフトウェア「Sim Daltonism」「Chromatic Vision Simulator」を紹介する。
色覚特性の世界を再現する
Sim DaltonismとChromatic Vision Simulatorは、いずれも色覚特性を持つ人からどのように世界が見えているかをシミュレーションしてくれるソフトウェアである。
Sim Daltonismはコンピュータにインストールして使用する。使い方は非常にシンプルで、以下の画像のように、スライドや図を作成するときに、アプリを開くと立ち上がるウィンドウを画面上にかぶせるだけ。こうすることで、色覚特性を持つ人からの色の見え方が再現される。
また、色覚特性は一種類ではなく、人によって色の見え方は異なる。そうした多様性をもカバーし、さまざまなタイプの色覚特性をシミュレーションできるのもこのソフトの大きな特徴である。自分のプレゼンテーションは色が識別しやすいでかどうかを、画面上の操作のみでジャッジすることが可能だ。
もうひとつのソフトウェア「Chromatic Vision Simulator」は、スマートフォンやタブレットに入れて使用する。こちらは起動して端末のカメラを対象に向けると、多様な色覚特性を持つ人にはそれがどのように見えているのかをシミュレーションしてくれるアプリケーション。実験装置や、印刷した資料等、コンピュータ上ではない様々な場面で有効である。
科学プレゼンテーションに限らず、日常生活にも使うことができる。このソフトウェアは日本人によって開発されており、日本語の詳細な解説ページも用意されている。
「その場で直感的な理解」が鍵
この2つのシミュレータが実際にどのように役に立っているか、筆者の実体験をもとに紹介する。
Sim Daltonism はいつも、論文の図やスライドの改善に使用している。黒と青を使った作図をした時は十分に区別がつくものと考えていたが、Sim Daltonism をかぶせると、一部の色覚異常の人にはわかりにくいと判明した。そこでカラーコードを変え、青に少し赤色を混ぜることにより、判別しやすい図を作成。手軽にあらゆるタイプの色覚をシミュレーションできるので、重宝している。
また、これを書いている著者も実は過去に色覚特性の診断を受けており、赤と緑の区別が難しい。例えば共同研究者が作った図をもとに議論をしたいが、自分にはその図がわかりにくいということがあった。たとえば下図の場合、1本目と3本目の線の区別をつけることが難しい。
色の見え方を言葉で伝えることは難しい。そこで Chromatic Vision Simulator をかざし、「どの色の判別が難しいのか」「どうすれば判別しやすいか」を直感的に表すことで、次のような図へと差し替えてもらうことができた。
ポイントは「直感的な理解」。どのような場面でも、その場でカメラをかざすだけで、色覚特性を持つ人から見える世界をその場で共有できるのがChromatic Vision Simulator を使う利点である。
本記事では、研究活動の様々な場面で色覚の多様性に配慮することの手助けしてくれるソフトウェアを紹介した。著者は学会に参加した際、発表者の図の色が判別できず困った経験が何度もある。実際、色覚特性を持つ人は、外見上からその特性を持つことが理解されないこともあり、その不便さはなかなか伝わらない。色覚特性だけでなく、何らかの障害や特性を持つ人々も含め、全ての人が理解しやすいプレゼンテーション作りが当たり前になる世の中が早く実現されることを願う。
LabTech海外事例最前線
研究の未来をデザインするメディアLab-Onが、研究を加速させる様々なLabTechを紹介する本連載「LabTech海外事例最前線」は毎月新しい調査を報告しています。バックナンバーはこちらから。