
「はぁ~、大学の授業を解説してくれる予備校があればなぁ」
大学生の皆さん、一度はそんな風に思ったことがあるんじゃないでしょうか? 特に理系の講義は、一度聞いただけで理解できるような生易しいものではありません。参考書を開いてみたもののよく分からず、誰か教えてくれ!と叫ぶ日々。
でも実は、あるんです。それも無料で。YouTubeチャンネル「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」(通称ヨビノリ)では、つまづきやすい大学数学・物理学の内容について、予備校形式での解説動画を配信しています。
今回は、この「ヨビノリ」の顔、YouTuber講師のたくみさんにお話を伺いました!
たくみ
東京大学大学院卒業。博士課程進学とともに6年続けた予備校講師をやめ、科学のアウトリーチ活動の一環としてYouTubeチャンネル「ヨビノリ」の創設を決意。学生時代は理論物理学を専攻。動画内での綺麗な板書と分かりやすい解説には定評があるが、隙あらばボケを飛ばしてくるので油断ならない。決め台詞は「ファボゼロ*のボケすんな!」
* ツイッターで「いいね」が一つもつかないような、つまらない、の意
予備校の講義は何故面白い?キャラクターを押し出す「ヨビノリ」スタイルの原点
ーー本日はどうぞよろしくお願いします。早速ですが、YouTubeでの活動を始めるに至った経緯にを教えていただけますでしょうか?
博士課程に進学した時点では研究者としての道を目指していましたが、やはり研究者として生き残っていけるか不安もあったため、予防線として教育関連の道も残しておきたいなとも考えていました。その中で思いついたのがYouTubeでの教育コンテンツの配信です。
始めて半年でチャンネル登録者10,000人を突破し、1年と数ヶ月経った今では登録者50,000人を達成。予想以上にうまくいったので、こちらに専念しようと思いまして。今ではYouTuberとしての活動に注力しています。
ーーたくみさんの「予備校のノリで」講義をする、というスタイルはどのようにして作られていったのでしょうか?
僕のチャンネルは、大学生活中に「こんなのがあるといいな」と感じていたものを形にしたので、構想自体はずっと持っていました。
大学に入ってから講義を受けてまず感じたのは、聞いていてもわかりづらくて、教える側もどこかつまらなさそうだなということ(笑)。それに比べると、予備校の授業はなんであんなに面白かったんだろうって。需要がありそうだと思って調べてみたのですが、大学の講義を解説してくれる予備校はありませんでした。そこで、「じゃあ、自分がそれを作ってやろうじゃないか」と思ったんです。
ーー大学の講義と比べて、予備校の講義はどのようなところに特徴があると感じますか?
予備校の講義は、講義の内容やスタイルに先生一人一人の個性と味が溢れているんです。先生のことを好きになるから教科のことも好きになるし、勉強へのやる気も湧く。そこが大学の講義と最も違うところだと思います。全ての大学の講義が画一的だというわけではありませんが、教授たちは教育のプロではなく、あくまで研究のプロですからね。
だから僕のチャンネルでは、淡々と講義をするのではなく、自分のキャラクターを知ってもらうことを意識しています。講義中にボケを入れてみたり、他のYouTuberさんとのコラボして、バラエティ色のある動画を出してみたり。「ヨビノリ」は授業動画を投稿するチャンネルですが、YouTuberとして自分も楽しみながら「楽しさ」を提供することも大切だと思っています。
人気動画は「量子力学」と「群論」――「気になるけど手が出ない」をフォローする
ーー特に反響が大きかったのは、どの動画ですか?
「量子力学」のシリーズですね。これはある意味予想通りでした。内容自体は他の動画で扱っているものと比べても難しいんですけど、量子力学は多くの人にとって「気になる」ワードなんですよね。気にはなるけれど手が出しづらい分野であるがゆえに、ちゃんと履修した人は意外と少ないのかなと。もしくは、履修したけど何がなんだかさっぱりわからない、という人が多いのかもしれません(笑)。
あと、ネットで「量子力学」で検索すると、でたらめなものが沢山出てくるという物理学界隈では有名な話もありまして……(笑)。「この状況を変えたい!」と思うところもあったので、量子力学シリーズが伸びてくれたのは嬉しかったですね。
ーー「量子力学はなんだかカッコいいから知っておきたい!」という気持ちは、一理系学生としてよくわかります。「シュレーディンガー方程式」などはいかにも興味をそそる「パワーワード」ですよね。
キーワードの強さという点だと、量子力学の「シュレーディンガー方程式」は定番ですね。電磁気学だと「マクスウェル方程式」、流体力学だと「ナビエストークス方程式」の解説動画などはかなり反響がありました。これは戦略があったわけではなくて、単純に自分が興味を持って作っただけだったのですが、狙い通りの反響が得られていて結果オーライです。
ーーこの辺りを知っていると、「理系の仲間入り」といった気分になりますね!反対に、予想外に伸びた動画はありますか?
「群論」の解説動画ですね。群論なんて数学科の人しか使わないと思ったので、この動画の再生数が伸びたことには驚きました。これも量子力学と同じで、「群」というワードへの憧れや、「聞いたことはあるんだけど、一体何なんだろう?」と興味をひかれる人が多かったんじゃないかと思います。学習コストがかかる分野なので、勉強せずに放置していた人も多いはずです。その層に上手くリーチできたのかなと。
撮影動画の中身は「なまもの」
ーー解説も分かりやすく、板書も綺麗なたくみさんですが、動画を撮る前にはどれくらい練習をするのでしょうか?
実は動画のための練習はしていないんです。予備校の先生も、授業準備こそすれど、いちいち授業の練習ってしないと思うんですよ。内容と大まかな流れを頭に入れて、あとは自然体で話をする。
僕もかつては実際に予備校で授業をしていたのですが、初めの頃は「どのタイミングで何を喋るか」まで決めて、さも台本があるかのような授業をしていました。これって一方的なトークになりがちで、授業としてはあまり良くないと思うんです。
ーー動画でのたくみさんはしっかりと画面の先の人に話しかけていて、本当に先生が目の前にいるような感覚になります。
ありがとうございます! 僕が一番大事にしているのはその「ライブ感」なんです。映像授業の怖いところは、撮り直しを連発しちゃうと解説がどんどん無機質で不自然なものになってしまうところ。例えば、悩んで時間がかかるはずの箇所をさらっと進めてしまうと、聞き手は内容についていけなくなってしまいますよね。
これを防ぐため、僕は基本的に一発撮りの動画を使うんです。あえて事前に問題は解かずに。そうやって視聴者の方と一緒に悩みながら問題を解いていくような、ライブ感溢れる動画作りを常に意識しています!
ーーなるほど。たしかにたくみさんの動画は途中でボケをかましたり、噛んでしまって自分を頬を叩いたり、生放送感満載ですよね(笑)。
撮影中に起こったトラブル等はもう全部ラッキーとして採用できればと割り切っています(笑)。あとは授業動画なので、万が一僕のボケが滑ったとしても解説動画としてのクオリティには影響しない(はず)ということもあるかなと思います。いちいちそれぐらいで撮り直していたらやってられませんよ!
YouTuber活動に託した思い
ーーYouTuber活動を通しての今後の目標はあるのでしょうか?
今のところは自分が大学の課程で学んだ知識をベースにした解説動画を撮っていますが、YouTuberとしての活動を選んだことで勉強時間も確保できるようになったので、カバーする分野の範囲を広げていきたいですね。そしてゆくゆくは「ヨビノリの影響で理系への進学志望者が増えて、理系学生の平均学力も向上した!」と言われるくらいのチャンネルになりたいです。
ーー「たくみさんの動画で単位が取れた!」という大学生もどんどん増えたらいいですね!
実は、大学の講義で「復習のためにこの動画を見ておいてください」と、僕の動画を紹介してくれる先生が少しずつ増えているんです。教授たちは授業準備にかける手間を節約して、研究に集中できるようになる。僕のYouTuber活動が研究に集中できる環境づくりに貢献できれば最高ですね。大学講義のシラバスに参考図書と並んで掲載される、というのも密かな野望です!
Lab-On読者の皆様、「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」をよろしくお願いします!
***
音楽などのエンターテイメントがメインコンテンツだったYouTubeで、本格的な物理・数学の講義が受講できる時代。通学中に「ヨビノリ」の動画で予習を済ませ、大学の講義へ行くという流れが理系学生の日常風景になる日も近いかもしれません。「ヨビノリ」は、誰でも大歓迎の無料の予備校。理系学問が好きな方は、是非一度覗いてみてはいかがでしょうか?